私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。
初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。
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蒼い水 第6章 流れ行く水 7 アップします。
長々と連載してきた割には訪れる人が(ものすごく)少なかった、”蒼い水”。今回で終了でございます。
極々少数の愛読者の方々(ひょっとして2,3人?)、ありがとうございました。
次回作は、未だ出来てません。
題名及び構想(らしき物)は数年前から頭の中に浮かんでいるのですが、全く書く気が起きません。
従って、このブログの更新は当分ありません。(もしかして永久に無いかも・・・)
それでは、いつかまた…。
蒼い水 作 FKRG
第6章 流れゆく水 7
薄煙を上げる拳銃を懐に戻した川村は、梨村の頭元に片膝をついてしゃがみ込んだ。死体となった部下の顔に手を伸ばし、開いたままの瞼をそっと閉じてやる。
「先に行ってろ。俺もすぐ行く」
力無く立ち上がった川村は、島崎のデスクに歩み寄った。
「市長、あなたに渡す物がある」
軍服の裾ポケットから掌に載るほどの大きさの薄いプラスティックの箱を取り出し、デスクの上に置く。その透明な箱の中には、鈍い銀色に光るデータディスクが入っていた。
「これは?」
島崎は、訝しげな目でディスクと川村の顔を見比べた。
「この中には旧防衛軍の遺産が入っています」
「旧防衛軍の遺産?」
「大町市の旧陸上防衛軍地下倉庫から武器弾薬を見つけ出したのは私の部下…黒畑達だと先刻お教えしたでしょう。だが、発見したのは偶然ではない。このディスクに記録されていた情報を元に探し出したのです」
「すると、このディスクの中には?」
「戦局が絶望的になったWW3末期、旧防衛軍上層部と指導者達は、捲土重来を期して膨大な物資を分散隠匿した。兵器、車両、燃料、弾薬、食料、医療品…。完全自動の防御システムに守られた隠匿場所は、全国各地に百箇所以上。大町市の地下武器庫や神白城址の燃料備蓄庫は、その一部に過ぎない。これら全ての物資を合わせれば、機械化一個軍が一年間、全力で戦い続けることが可能だ。このディスクには、隠匿場所の正確な位置と防御システムを無効にするアクセスコードが記録されている。渋沢と梨村が、軍のメインコンピューターにハッキングして手に入れた情報だ。私の為に、私の計画の為に…。それに気付いた軍中央はWW3終結直前、何人かの暗殺者を派遣して来たが、全て返り討ちにした」
一旦口をつぐんだ川村は、床に横たわった梨村の死体に視線を走らせた。そして溜息を一つ漏らすと、再び島崎に顔を向けた。
「だが、今の私には不要の物となった。私に忠誠を誓った部下の殆どが死んでしまったからだ。だから市長、あなたにこれを進呈する。あなたには、あなたに忠誠を誓うKCD兵士と神白市民がいる。そして更に、北陽地方最大最強のバンディッツ集団である蒼い水を壊滅させたあなたの元には、これから多くの人々が慕い寄って来るだろう。それらの人的資源とこのディスクがあれば、市長、あなたがこの国のキングに成ることも夢ではない」
川村は、プラスティックの箱を島崎の方へ押しやった。
箱からディスクを取り出した島崎は、その薄っぺらな円盤をじっと見つめた。
「私は、キングなどには成りたくはない。平和な神白を残すこと。それだけが私の望みだ。従って、これは私にも不要だ」
島崎は、ディスクを持った右手に力を込めた。合成樹脂と金属皮膜で出来た円盤は反り返り、やがて乾いた音を立てて砕け散った。
「そう言われるだろうと思っていましたよ」
飛び散った銀色の破片を横目にして、川村は顔をほころばせた。
「それでこそ、あなたは真の指導者だ。私は安心して身を引くことが出来る。勝手な言い種かもしれませんが、神白を宜しくお願いします」
そう言うと川村は、最後の、そしてこの上なく完璧な敬礼を島崎に対して行った。
「ま、待て、川村中尉。早まるな。罪を償って、もう一度、神白の為に…」
腰を浮かしかけた島崎を、川村は穏やかな微笑で制した。
「市長、そのご厚意は私の計画に荷担した者達に与えて下さい。彼らは、私の命令に従っただけなのですから」
クルリと踵を返した川村は、静かに市長室を出て行った。
副司令官室の扉の前で、竹田浩介と正田ひとみが寄りそうようにして立っていた。
「川村中尉、これからどうされます?」
無言のまま執務室に入ろうとする川村を、竹田は悄然とした声で呼び止めた。
答える代わりに川村は、右手の人差し指を自分のこめかみに当てて見せた。
「自決されるのですか!?」
驚きの表情を露わにして、ひとみが叫んだ。
「中尉、私も」
食い入るような目で、竹田が川村を見つめる。
「その必要は無い」
川村は、低い声で竹田を制した。
「全ての責任は俺にある。おまえは、上官である俺に従ったに過ぎない。島崎市長は情に厚い人だ。おまえを極刑に処するような事はしないだろう。だから竹田、おまえは生きろ。裏切り者と罵られようとも、卑怯者と罵られようとも生きるんだ。正田と、生まれてくる子供の為に…」
「ご存知…だったんですか?」
ひとみが、微かに頬を染めて尋ねた。
「知っていたとも。こう見えても俺は、おまえ達より長く生きているからな」
川村はニコリと笑った。どこか淋しげな、しかし、何かがふっきれたような笑顔。
「いいな、生きろ。これが、俺の最後の命令だ」
「判りました、中尉。生きます」
竹田は川村に向かって敬礼した。指先を微かに震えさせ、目にうっすらと涙を浮かべて・・・。
「……」
無言のまま答礼すると、川村は部屋の中に消えた。カチリと内側から施錠する音が聞こえた。
残された二人は、身じろぎもせずに扉を見つめた。短く、そして長い時間が経過した後、扉の向こうで鈍い銃声が起きた。
「か、川村中尉!」
竹田の手が腰のホルスターに伸びた。
「やめて、浩介さん! 川村中尉の命令を…頼みを忘れたの?」
「え?」
拳銃のグリップを掴んだまま、竹田はひとみの顔を見つめた。
「頼み?」
「そう、頼みよ。中尉の真意を理解している人間は、アナタ一人しか残っていない。確かに、中尉の手段は間違っていたわ。でも、その真意は…本当の目的は、神白の住民に平和で満ち足りた生活を与える事。そうだったんでしょう?」
「あ、ああ」
「誰かが川村中尉の真意を皆に伝えなければ、川村翔という名は裏切り者の名としてしか皆の記憶に残らない。川村中尉は、その役目を負うことをアナタに託したのよ」
「そうか…。…そう、だな」
がくりとうな垂れると、竹田は銃から手を離した。
「誰かが・・・俺が、川村さんの真意を…。本当の目的を皆に伝えなければならない」
「そうよ。そしてアナタ自身の罪を償って。そしてそれから先は…。私と、お腹の子供の為に生きて。お願い、浩介さん」
「オマエと子供の為に、か…」
顔を上げた竹田は、ひとみの切れ長の目をじっと見つめた。
「ひとみ、俺について来てくれるか?」
「ええ、浩介さん。どこまでも」
答えたひとみの脳裏に、バンディッツに殺された従姉の顔が浮かんだ。
「なぜ、あなただけ生き残ったの?」
「誰かが、生き残らなければならないのよ。幸子ねえさん」
「誰かが、生き残らなければならない?」
「そう、生き残らなければならない。人は、流れゆく水のようなもの。流れるのをやめれば淀み汚れ、やがて何も残さず消えてしまう。流れ続けて別の流れと出会い、交じり合って新しい流れを生む。そして、新しい流れは再び流れ続ける。どこまでも…。そうでしょう? 幸子ねえさん」
「そうね、その通りね。ひとみ、私の分まで生きて、幸せに…」
「ありがとう。幸子ねえさん」
エピローグ
血と銃声と死と炎に彩られた悪夢のような一週間から、半年が過ぎた。
あの一週間で神白市街地の三分の一が焼失し、KCDはその兵力の大半を失った。だが、神白の市民達は絶望などしなかった。島崎順一市長の指導の元、市街地復興へと力強く乗り出したのだ。そして復興作業が一段落した今、市民たちは長く厳しい冬を越す為の準備にいそしんでいる。
KCDの再々編成は、新たに副司令官に就任した鳴海洋介元陸上防衛軍中佐が、安城、秋川、大津、草加らと共に行った。鳴海は、安城の強い推挙と、大津と草加の少々強引な説得、そして島崎順一の三顧の礼に負け、渋々ながら副司令官職を受けたのだった。
新生KCDは、人員規模を大巾に縮小した。
実戦部隊は三個中隊、計五百余名。安城弘一は、第一中隊の指揮を執る事になった。第二中隊は秋川孝が、第三中隊は草加悟郎が率い、大津吉雄は技術部、下部平吉は医療部、山尾一夫は炊事部の長として、それぞれの部署を管轄している。
川村に加担した者達に対する島崎の処置は、寛大なものだった。消極的とは言え川村の計画に協力したことになる秋川が、ごく短い謹慎期間を経た後に中隊長の任に復帰した事からも判るように、せいぜいが数ヶ月の禁固刑を科されたに過ぎなかった。
元親衛中隊中隊長 竹田浩介は、川村の真意を法廷の場で市民達に堂々と伝えた。そして、五ヵ月間の禁固刑に服した後、身重の正田ひとみを伴っていずこかへ姿を消した。
*
「ご免ね。お父さん、お母さん、亜衣。手頃な花が無かったの。これで我慢して頂戴」
安城さゆり上級兵が、鮮やかに色づいた楓の枝を小さな墓石の前にそっと置いた。
「桜、放っといて済まなかったな。これで機嫌を直してくれ」
安城弘一中尉が、火をつけたタバコと焼酎を満たしたコップを、その枝の横に並べる。
抜けるような晩秋の青空を背景にして、守川町を囲む山々は緑と黄と紅のまだら模様に塗り潰されていた。澄み切った大気は冷たく、小川家の小さな墓の前に佇んだ二人が吐く息は白くかすんでいた。
昨日、弘一とさゆりは正式に結婚した。その報告を兼ねて墓参りにやって来たのだ。
結婚式は市庁舎二階の大会議室でささやかに、そして和やかに行われた。
立ち会い人役を押し付けられた島崎は、ぎこちない中にも粛々とその役目を遂行したが、さゆりのたっての願いで花嫁の介添え役をする羽目になった鳴海は、実の娘を嫁にやるかのように顔をくしゃくしゃにして涙ぐんでしまい、大津や草加に盛んに冷やかされた。
結婚の祝いとして、二人には一週間の休暇が贈られた。そして…。
「燃料は満タンにしてある。物資不足の折、職権乱用の誹りは免れないが、二人の目出度い門出だ。市長も副司令官も、このぐらいは大目に見てくれるだろう」
下手糞なウィンクをした大津が、安城の手にジープのカギを握らせた。
「中隊長と副官が留守の間、第一中隊の面倒は俺が見てやる。安心してハネムーンを愉しんで来い」
安城の肩を叩いた草加が、陽気な声を上げる。
「草加よ、まだ村尾静香ちゃんの事を諦めてないのか? 彼女はおまえを敬遠して第一中隊に入ったんだぜ」
大津が揶揄の声を飛ばす。
「やかましいわい。“一の矢が外れれば二の矢、三の矢…”、戦術の基本だろうが。おまえ、士官学校で習わなかったのか?」
「知らんな。“不利な戦況を無視して戦力を投入し続けるのは愚の骨頂である”と、習った覚えはあるがな」
「ふふん。そう言うおまえこそ、彼女を技術部に誘ったけど断わられた癖に」
「いや、それは誤解だ。そもそも彼女は…」
「ちょっと、ごめんなさい。お二方」
不毛な言い争いを続ける二人を押しのけた秋川晴美…彼女は熱烈なプロポーズに負けて秋川孝と結婚していた…が、微笑みながらロッジのカギをさゆりに渡した。
「新婚旅行代わりに、二人の思い出の場所・・・奥川村ダムに行って来なさい。あのロッジは、私と秋川とで綺麗に掃除しておいたから」
「勿論、窓や扉に材木なんか打ち付けてはいない。出入りは自由だ」
秋川孝がおどけた口調で言い添える。
「冗談になってないわ。あなた」
「ぐうっ」
秋川の口から呻き声が漏れた。晴美の肘鉄を腹に食らったからだ。
「相変わらず尻に敷かれてるなあ。秋川」
「ふん、俺は好きで敷かれてるんだ。オマエこそ尻に敷かれるなよ。安城」
「尻に敷くなんて・・・。そんなこと私はしませんよ。秋川さん」
「聞き捨てなら無いわね。いつ、私がアンタを尻に敷いたのよ?」
さゆりと晴美が、同時に抗議の声を上げた。
「い、いや。そう言う意味ではなくて」
「じゃあ、どういう意味よ?!」
「どういう意味なんですか?!」
「いや、どういう意味かと訊かれても…。安城、笑ってないで助けてくれ。元々、オマエが言い出したんだぞ」
悲鳴を上げて頭を抱え込む秋川を見て、式の参列者達はどっと笑い声を上げた。
「さゆり、そろそろ行こうか。島崎さんに頼まれた用事も有るし」
弘一が、新妻にささやいた。
「ええ、弘一さん」
さゆりが、新郎の顔を見上げて微笑む。
「ダムに行く前に、春高山まで食料と医薬品を届けて呉れないか?」
それが、神白市長 島崎順一が安城夫妻に託した用事だった。
竹田浩介と竹田ひとみは、鳴海たちが隠棲していた春高山山中の小屋で、一月前に生まれたばかりの赤ん坊と共にひっそりと暮らしている。
「時が経てば、人々の憎しみの心も薄らぐ。頃合を見計らって神白に戻って来れば良い。なに、そんなに遠い先のことではない」
そう言って島崎は全てを手配した。川村が自決する直前に言った様に、温情を以って竹田を扱ったのだ。
弘一を見上げるさゆりの目に、うっすらと涙が浮かんだ。
「どうした? なぜ、泣くんだ?」
弘一はさゆりの顔を覗き込んだ。
「決まってるじゃない。嬉しいから、幸せだから」
そう言うとさゆりは、弘一の胸に顔を埋めた。
「僕もだよ。さゆり」
微笑みながら弘一は、さゆりの丸みを帯びた肩を優しく抱きしめた。
木々をざわめかせて風が吹き過ぎ、小さな墓の前で抱き合う二人の上に、紅や黄色に染まった葉が静かに舞い落ちる。さゆりの体の中に、弘一との愛の結晶が密かに芽吹いていることに、二人はまだ気付いていない。
二つの水の流れは交じり合い、新しい流れが生まれる。
そして、新しい流れは再び流れ続ける。どこまでも…。
人は、流れゆく水。
蒼い水 完
蒼い水 完
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