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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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蒼い水 第6章 流れ行く水 6 アップします。


 蒼い水              作 FKRG
 
第6章      流れゆく水 6
 
街のあちこちから煙が立ち昇っている。その煙の下で、銃声と爆発音、そして悲鳴と呻き声が交錯していた。
家並みの向こうに聳える市庁舎ビルを、浅井京一は睨みつけていた。
街に突入する直前、想像すらしていなかった後方からの砲撃を受けた。その砲撃による混乱を収めきれぬ内に、今度は前後から挟撃され、部隊は壊乱状態に陥ってしまった。
混戦の中で大村は戦死し、中級指揮官達とも連絡が取れない。浮き足立った兵達は個々に戦うか、あるいは逃げ惑うばかりだ。浅井が掌握している兵の数も、十数名に過ぎない。
「隊長、これからどうします?」
部下の一人が、不安を露わにした表情で浅井の顔を覗き込んだ。
「どうするだと?! 決まってるだろうが! 兵を集めろ! 態勢を立て直して攻勢に転ずるんだ!」
浅井は大声で部下達を叱咤した。
 
スコープに刻まれたクロスラインが、小太りの男の姿を捉えた。
幹部らしいその男は、周りを取り囲んだ兵士たちに大声で何か命令している。反撃の為に兵をまとめようとしているのか、それとも退路を探そうとしているのか。
だが大月良子にとっては、どうでも良い事だった。
「逃がすものか。一人残らず殺してやる」
小銃の引き金に指をかけた良子の脳裏に、梓橋で戦死した高橋篤史の朴訥な顔が浮かんだ。
「ここ何ヵ月もバンディッツの襲撃は無い。やっと平和が来たんだ。KCDを除隊しよう。二人で田圃を耕し、牛を飼って暮らすんだ。俺達には戦場より農地が、銃より鍬の方が似合ってる。そうは思わないか? 良子」
高橋は、顔そのものの朴訥な口調で、良子にプロポーズした。ほんの二週間前の事だ。愛する男と静かに平和に暮らす。小さな、本当に小さな夢。だが、その夢は儚く消えた。
目頭に熱い物が込み上げ、スコープ越しの男の姿が歪んだ。
「仇を取るわ。見ていて、篤史さん」
湧き出る涙を上着の袖で乱暴に拭った良子は、改めてスコープを覗き込んだ。男に狙いを定め、引き金にかけた指に力を込める。
 
乾いた銃声が響いた。
「ぐっ!」
左肩に走った激痛に絶え切れず、浅井は路上に倒れ込んだ。
「隊長!」
近くにいた兵士が慌てて駆け寄って来た。再び銃声が響き、兵士の胸の真中から血が吹き出し、浅井の顔を赤く染めた。死人となった兵士の体が、浅井の上に覆い被さる様に倒れ込んで来る。
「敵だ!」
誰かが叫んだ途端、四方から手榴弾が飛んで来た。爆発音が続け様に起こり、何人かの兵士が絶叫と共に吹き飛ばされる。
「うおお~!」
「ぶっ殺せ!」
「一人も逃がすな!」
二十人近いKCD兵士が、爆煙の間から雄叫びを上げて突っ込んできた。銃声と怒鳴り声、体と体が激しくぶつかり合う音、悲鳴、叫び声、そして呻き声が交錯する。
死んだ兵士の体の下から浅井が這い出した時、勝敗は既に決していた。銃を構えている者は、KCDの兵士ばかりだった。
浅井は、腰のホルスターに右手を伸ばした。だが、拳銃のグリップに指先が触れかけた時、軍靴がその手を踏み潰した。
「ぐぐ~」
呻き声を漏らしながら、浅井は軍靴の主を見上げた。
視線の先に、憎悪を剥き出しにした顔があった。その女兵士は、小銃の銃口を浅井の額に押し付けると、かすれた声で言った。
「死んじまえ。クソ野郎」
浅井は目を閉じた。
「川村さん、すまない。ここまでだ。…もう、俺はアナタの役には立てない」
銃声が続け様に轟いた。
最後の空薬莢が路上に転がった時、浅井の顔は原形を留めぬまでに潰れていた。
蒼い水最後の幹部は死んだ。それは、北陽地方最大最強を誇ったバンディッツ集団蒼い水の壊滅と、KCD副司令官 川村翔の野望の終焉を意味していた。
              *
二時間以上続いた市街戦はようやく終息し、銃声と爆発音は聞こえなくなっていた。しかし、家並みのあちこちから上がった火の手は広がり続け、暗灰色の煙は神白の街の半ばを覆いつつあった。銃砲の火が燃え移ったのか、或いは自暴自棄に陥った蒼い水の兵士が放火したのか。いずれにせよ、このまま放置すれば神白の街は灰燼に帰してしまうだろう。
燃え盛るその炎に向かって、手に手にバケツや消火器を持った市民達が駆け寄っていく。戦禍を避ける為に市街地北部の公共施設に避難していた彼らは、戦闘の終結と蒼い水の壊滅を知るやいなや、自発的に消火活動を始めたのだ。
その数は、時が経つに連れて増える一方だった。数百人、千人、二千人、三千人…。男も女も老いも若きも、動ける者の全てが自分達の街を守る為に炎に立ち向かって行く。
 
「仮に蒼い水が勝利し、俺がこの街の唯一の指導者に成っていたとしても…」
市長室の窓際に立ってその様子を見下ろしながら、川村は低く呟いた。
「彼らは、君に従いはしないだろう」
「ん?」
 背後からの声に、川村は振り向いた。島崎が、憐れみの色を浮かべた視線を向けている。
「なぜ、そう思うのだ? 市長」
「彼らが…市民達が指導者である我々に望んでいる事は、ただ一つだ。“自分達のささやかな生活とささやかな幸福を守って欲しい”という事だけ。彼等がKCDの創設に賛同し、多大な人的物的資源を我々に委ねたのは、その為なのだから…」
「そんな事くらい承知している。だからこそ俺は、KCDと蒼い水を融合させた戦闘集団を作り上げ、この北陽地方を・・・いや最終的にはこの日本を支配下に置こうと考えたのだ。そうなれば、その中心となる神白には繁栄と平和が約束される」
川村は昂然と胸を反らし、島崎を睨みつけた。
「その為に更に多くの血を流すのか? それこそ有史以来、人類が懲りる事無く繰り返してきた愚かな行為だ。そして、その中で最大最悪のものがWW3だった。僅か五年間の戦争で、人類は自分たちが数千年かけて営々と築いてきた文明を、自らの手で根こそぎ破壊してしまった。私は、その破壊の嵐からこの神白を必死に守ってきた。今、生きている人達の為に、そして次の世代の人達の為に…。大袈裟を承知の上で言えば、人類文明復活のささやかな礎とする為に神白を守ってきたつもりだ。その神白を君は潰すつもりなのか? WW3当時の指導者や主戦派軍人達と同じ過ちを、君は繰り返すつもりなのか?」
「そ、それは…」
 絶句した川村に、心の中のもう一人の川村が次々と問いかけて来た。
「WW3のさなか、権力と自分自身の命を守る事だけに汲々としていた指導者達。彼らを倒して戦争を終わらせる事を願ってクーデター計画に加わったおまえは、一体どこに行った?」 
「苛酷な環境の中で懸命に生きようとする神白の人々を見て、おまえは誓ったはずだ。“彼らの命を、彼らのささやかな幸福を守る”と。あの時のおまえは、どこに行った?」
「KCDの兵士達は、市民達が何を望んでいるのかをはっきりと認識し、市民達を守る為に戦った。おまえは、そんな彼らに何をした? そう、裏切ったのだ。おまえを信頼し、おまえの命令に従って戦った兵士達を裏切り、そして殺したのだ。夫を、妻を、息子を、娘を、或いは兄弟姉妹をKCD兵士としておまえに託した市民達を、おまえは裏切ったのだ」
「川村翔。おまえは一体、彼らの為に何をしたかったのだ?」
「…」 
 もう一人の自分の問い掛けに、川村は何一つ答えることが出来なった。
 
沈黙する川村の耳に、島崎の穏やかな声が流れ込んできた。
「市民達は今、自分達の街を守る為に必死になって炎を消そうとしている。仮に今、“消火活動を止めろ”と私や君が命じても、彼らは無視するだろう。統治者…指導者としては面白くも無い事だ。しかし、それこそ人として自然な姿なのだ。人は、自分の生活や幸福を捨ててまでも、指導者の命令に従う必要は無いのだ。指導者は、人々を支配し人々に命令を下す為に存在するのではない。人々の生活と幸福を守り、人々に奉仕する為に存在するのだ。そうは思わないか? 川村中尉」
「奉仕する為に存在する、か」
 小さく呟いた川村は、窓外に視線を戻した。
 
家並みを焦がす炎が心なしか弱まり始めた頃、慌しい足音と共に梨村が市長室に駆け込んで来た。
「川村中尉」
「なんだ?」
梨村の蒼ざめた声を聞いても、川村は窓の外を見つめたまま振り向こうとはしなかった。
「秋川が軍使を寄越して来ました」
「軍使? 伝令で無く軍使か…。で、何と言ってきたんだ?」 
「島崎市長を解放し、武器を捨てて降伏しろ、と…」
「…」
数秒の沈黙の後、川村はゆっくりとタバコを取り出した。口に咥え、ライターをカチリと鳴らす。火は、またしてもつかなかった。
「こちらの兵は何人いる?」
「…」
「どうした? 答えろ」
「竹田を含めても数名です。他の者は皆…」
「消えたか…。北川からは、その後、連絡は無いのか?」
「つい先ほど、“自分は、川村中尉のご期待に応えられませんでした。その責任をとります”と・・・。無線機を送信状態にしたまま、銃声が…。おそらく奴は…」
 最後まで言わずに、梨村は顔を伏せた。
川村は深い溜息を漏らした。
「北川は純粋過ぎた。俺は、その純粋さを利用し、そして追い詰めてしまった訳だ」
誰に言うとも無く呟いた川村は、火がついていないタバコを窓ガラスに押し付けて潰した。そして、ゆっくりと島崎のデスクに歩み寄った。
「市長」
「なにかね?」
島崎の顔は疲労の為にどす黒くなっていたが、その目は不撓不屈の光りに満たされていた。
「聞いての通りです。あなたと私の立場は完全に逆転した。従って、この書類は不用の物になった」
デスクの上に置かれたままの降伏受諾書を取り上げた川村は、小さく折り畳んで内ポケットに仕舞い込んだ。
「これでお別れです。市長」
「どうする積りだ。川村中尉」
川村は、無言で島崎を見つめた。その目からは猛々しい肉食獣を思わせる光りも狂気の輝きも消え失せており、澄み切った知性の光だけが残っていた。
「自裁します」
川村は短く、しかしはっきりとした口調で言い切った。
「自裁?! 自殺すると言うのか?」
こくりと頷いた川村は、淡々とした口調で喋り始めた。
「市長、私は今までに二つの大きな過ちを犯した。一つ目は、信じるべきで無い男…広野と言う名の政治家だった…を信じた事。その男に私はしたたかに裏切られた。それ以来、私は政治家と呼ばれる人種を信じることが出来なくなった。いや、信じようとしても、この傷が裏切られた時の絶望感と怒りを思い出させ、信じさせなかった」
一旦口をつぐみ、眉に残った傷跡を指先で軽くなぞって見せる。
「二つ目の過ちは、あなたの器量を測り損ねていた事。私は、政治家に対する不信感に囚われ過ぎていた。もっと、あなたを信じるべきだった。あなたこそ真の政治家であり、指導者たる人だ。そのあなたを騙し、裏切ろうとした私は大馬鹿者だ。そんな私が、犯した過ちを償うには…」
「馬鹿なっ!」
 梨村の甲高い叫び声が、川村の声を掻き消した。
「梨村…」
 視線を梨村に向けた川村は、低い呻き声を漏らした。
梨村は拳銃を握り締めていた。その表情は失望と怒りに歪み、張り裂けそうなほどに開いた目には、つい先ほどまで川村の目に宿っていたのと同じ狂気の光りが踊っている。
「なぜだ? 川村さん。なぜ、ここで諦めるんです! あと一歩、あと一歩じゃないですか!」
「終わったんだ。全て終わったんだよ、梨村。俺達には、もう切れるカードは一枚も残って無いんだ」
「まだ有りますっ!」
 梨村は、銃口を島崎に向けた。
「カードはまだある。島崎市長だ。そして、あなたが持っている降伏受諾書。市長に署名捺印させ、それを秋川達に見せれば、この神白はあなたの物に…」
「馬鹿を言うな。市長が署名するはずが無かろう。仮に、無理矢理署名させたとしても、今更、何の役に立つと言うのだ? 俺達の命令に従う者など誰もいない。諦めろ、梨村。銃を仕舞え」
「いやだっ! 川村さん、あなたがやらないと言うなら、私一人でもやって見せる。降伏受諾書を渡してください。早くっ!」
 銃口と視線を島崎に向けたまま、梨村は川村に向かって左手を突き出した。
「判った。好きにするが良い」
 川村は内ポケットに手を差し入れた。
「受け取れ。梨村」
 銃声が轟き、梨村の胸から真っ赤な血が吹き出した。右手に握っていた拳銃がガチャリと音を立てて床に落ちる。
「か、川村…さん。な、なぜ?」
梨村は、信じられないという表情を浮かべて、川村を見つめた。
「だから言ったろう。全て終わった、と」
哀しげに首を振った川村は、もう一度、引き金にかけた指に力を込めた。再び銃声が轟き、梨村の額の真中にぽっかりと小さな穴が穿たれた。
「…」
無言の呻き声を漏らした梨村は、今にも泣き出しそうな顔で川村を見つめたまま床に両膝をつき、そして、ゆっくりと仰向けに倒れた。

以下次号
 
 
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