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アクセスカウンター除去したいけど方法忘れた。
蒼い水 作 FKRG
第5章 激闘 3
「まだ、落ちないのか…」
蒼い水後衛部隊通信兵の箱崎が、退屈そうに呟いた。
「時間の問題だろう。こっちの兵力は向こうの五倍以上だ。しかも、装甲車まである。もうすぐ連絡が入るさ。“城址を占領した”とな」
箱崎の隣でタバコをふかしていた安川が、欠伸混じりの声で応じた。
「そしたら、今度は死体の回収と負傷者の手当てか? 後衛部隊なんて損な役回りだぜ。大体、俺は…」
ぶつくさ文句を言い始めた箱崎の耳に、押し殺した声が聞こえた。
「じゃあ、おまえが死体になれば良い」
「えっ!?」
「誰だっ!?」
声に驚いて振り向いた二人をめがけて、二つの細長い影が飛んで来た。避ける間など無かった。自分以外の誰にも聞こえない呻き声を漏らした箱崎と安川は、額に軍用ナイフを突き立てたままイスから転げ落ちた。
床に転がった二つの死体の傍に、大津と草加が音も無く近づいた。
「お見事」
「お互いにな」
顔を見合わせて、ニヤリと笑う。
草加が死体を片付けている間に、大津は素早く無線機を調整した。ヘッドフォンを耳に当て、マイクのスイッチを入れる。
「こちらはワイルドキャット。イーグル応答せよ。オーバー」
数秒の間を置いて、ヘッドフォンから鳴海の声が流れ出た。
「こちらはイーグル。感度良好だ。オーバー」
「カラスは始末した。繰り返す。カラスは始末した。オーバー」
「了解した。狩を始める。オーバー」
あわただしい軍靴の音が窓の外で聞こえた。
「何事だ?」
蒼い水後衛部隊隊長 一木は、軍用毛布をはねのけて飛び起きた。窓に駆け寄り、古ぼけたカーテンの隙間から外の様子を窺う。ダークグリーンの戦闘服を着た七,八名の兵士が、隣家の庭先を駈け抜けて行くのが見えた。
先頭に立った兵士が玄関の扉を開け、何かを屋内に投げ込んだ。投げ込むと同時に扉を閉じ、壁際に素早く身を移す。数瞬の間を置いて、轟音と共に扉が吹き飛んだ。
爆発音がまだ収まらぬうちに、他の兵士達は庭先に面した雨戸を蹴破った。屋内に向けて一斉に銃弾を撃ち込む。
(KCD?! 歩哨は何をしていたんだ?)
部屋を飛び出した一木は、足をもつれさせながら廊下を駆け抜け、無線室代わりにしている応接間に飛び込んだ。
「おい! 本隊に連絡しろ。敵が…」
声が途中で止まった。部屋の片隅に、二人の通信兵が倒れているのに気づいたからだ。二人とも額から血を流している。
(何が、どうなっているのか・・・。だが、とにかく本隊に救援を要請しなければ…)
一木は、混乱しながらも無線機の前に座った。震える指で、無線機の電源を入れる。その刹那、目の前が真っ白になった。
無線機は四散し、同時に一木の意識も四散した。二度と元へは戻れない場所まで・・・。
「電気機器の取り扱いは慎重にしなけりゃいけない。慌ててる時には特に、な」
丘の中腹の草むらに腹這いになった大津が、民家から立ち昇る爆煙を眺めながらボソリと呟いた。
「それは、そうだが…。爆弾入りの無線機というのは滅多に無かろう?」
隣にしゃがみ込んでいた草加が、クスクス笑いながら立ち上がる。
「そろそろ鳴海さん達と合流しよう。グズグズしてると置いてきぼりを食うぞ」
「ああ、そうだな。久しぶりに暴れ回れるチャンスだからな」
*
神子川に掛かる橋を渡り神白市街地に入った途端、先頭を進んでいたミニバンが轟音と共にひっくり返った。道路上に仕掛けられていた爆弾が爆発したのだ。
慌てて停止した後続のミニバンに、夥しい数の銃弾が命中した。ボディは瞬時に穴だらけになり、乗っていた数名の兵士は成す術もなく即死した。
「あのビルだ。包囲しろ!」
蒼い水東部遊撃隊隊長 大村利彦は、長身痩躯の体を震わせて怒鳴り声を上げた。その声に応じた兵士達が、道路脇に建つビルに向かって駆け出して行く。
命令を出し終えた大村は、僅か十数秒の間にスクラップと化した二台のミニバンを横目で睨んだ。二台とも、神子川風力発電所で鹵獲したKCDの車両だ。
「棺桶にする為に奪ったようなものだったな」
呟いた途端、背筋に悪寒が走った。
(棺桶か…。ひょっとしたら、この街そのものが俺達の棺桶になるかもしれない)
真っ暗な街並みを眺めながら、大村は額に滲み出た脂汗を掌で拭い取った。
悪しき予感は、すぐに現実化した。
兵士達がビルを包囲し終わった時、ビルの一階部分から棺桶のような細長い箱が音も無く走り出て来た。
「おいっ! なんだ、あれは!?」
「止めろっ! 誰か止めろっ!」
暗緑色に塗られた棺桶は、喚き声を上げる兵士の群れの中に突っ込むと同時に爆発した。無数の小鉄球が凄まじい勢いで四方に飛び散り、兵士達の体に食い込む。
「うぎゃ~っ!」
「目がっ! 目がっ!」
悲鳴と怒声と呻き声を上げながら転げまわる兵士達に、更に銃弾が降り注いだ。
*
大混乱に陥った東部遊撃隊を見下ろすビルの一室で、ゴリアテのリモコンを床に投げ出した西脇が、ぶつぶつと不満げに呟いていた。
「う~む。やっぱり操作性が良くないな。それに、殺傷能力が今一つだ。パチンコ玉と肥料が材料じゃ、やっぱり駄目なのかな」
「ま、そう悲観するな。試作品だよ、試作品。次は、もっと良い物が作れるさ」
床に座り込んでタバコをふかしていた小森が、およそ緊張感の無い声で慰める。
「本部のメインコンピューターに、爆薬についてのデータが大量にありましたよ。こいつにダウンロードしときました。参考にすれば、もっと強力な爆薬を作れるでしょ?」
高西が、床に置いたノートパソコンを指差しながら言った。
「そうだよなあ。最初から完璧な物は出来ないもんなあ」
あっさり頷いた西脇は、自分も床に座り込んだ。先程までの嘆きは何処へやら、ポケットから取り出したタバコを旨そうに吸い始める。
市街地東端に位置するビルに潜んだ彼らは、敵…蒼い水東部遊撃隊を待ち受けていたのだ。射撃の下手さは“引き取り手のなかったゴリアテ”と、“自分たち用に残しておいた”四リッター爆弾でカバーし、人手不足は炊事兵で補って・・・。
「あのな~。おまえら、なにをノホホンとくつろいでるんだ? 弾の一発でも撃たんかい!」
炊事班のリーダーである長谷山正治初級兵が、でっぷりした巨体を震わせて怒鳴り声を上げた。
銃口から薄煙を上げる軽機関銃を構え、額に青筋を立てて怒鳴り散らすその姿は、仁王像のように近寄りがたい迫力を持っている。だが残念なことに、背中にぶら下げた古ぼけたフライパンが、その迫力をぶち壊しにしていた。
軽機関銃を抱えてフライパンをぶら下げた仁王像。まるで、ギャグマンガのキャラクターだ。
「おい、長谷山。初級兵の分際で、将校を“おまえ”呼ばわりするのか?」
小森が、からかい声で言い返す。
「え~い、うるさいわい。俺は、元々は上級兵だ。…しかも、もうすぐ准尉に昇進するはずだったんだぞっ!」
「そいつは、おあいにくさま。しかし、仕方がなかろう。なにしろオマエは、上官に反抗したんだからな」
「ふんっ! 反抗した訳じゃないさ。北川の野郎、やれ規則を守れだの、訓練に身を入れろだのと、俺の顔を見るたびにギャアギャア喚きやがって…。それだけじゃない。俺が丹精こめて作った猪ステーキを、“こんな物、人間の食い物じゃない”と言って、俺の目の前で捨てやがった。頭に来たから、アイツが訓練教官の時に皆をそそのかしてサボタージュしてやったのさ。オマエだって食ったろうが、あのステーキ。あの味が判らん奴は味覚オンチだ。そう、思わんか?」
「あ? ああ・・・。あの猪ステーキか・・・」
小森は口篭もってしまった。あれは、ひどい代物だった。小森自身も一口食って捨ててしまった程だ。だが、そんな事は口が裂けても言えない。ここで正直な感想を述べようものなら、今度は戦闘をサボタージュしかねないからだ。
「それが反抗って言うんだよ。KCDだから降等くらいで済んだんだ。これが防衛軍だったら銃殺ものだぞ」
と、話しを逸らそうとしたが、かえって逆効果だった。長谷山は、顔を真っ赤にして一層の大声を張り上げた。
「てやんでい! 俺の料理を批判する奴こそ銃殺だっ!」
「まま、そう興奮するなって。こっちへ来て一服しなよ」
西脇が、とりなすようにタバコの袋を掲げた。
「ふん、まあ、頂こうかな」
怒鳴り疲れたのか或いはタバコにつられたのか、軽機関銃を放り出した長谷山は、のそのそと小森達の方に近寄って来た。
「長谷山さん、窓から離れて良いんですか? どうするんです? 敵が来たら」
炊事兵の一人が、呆れ声で抗議する。
「あれだけ混乱してるんだ。すぐには攻めて来ないだろう。敵が態勢を整えたら知らせろ。ゴリアテをお見舞いしてやる」
タバコを長谷山に渡しながら、西脇が答えた。
「ところで長谷山よ、前から気になってた事があるんだ。教えてくれるか?」
「なんだ?」
「おまえがいつも背中にぶら下げてる、そのでかいフライパンだよ。何のオマジナイだい? それは」
長谷山の目が急に輝いた。
「おう、良く聞いてくれた。これはな、俺が料理の修業をしてた時の師匠から貰ったんだ。これを使いこなして一人前の料理人になれってな。厳しいけど良い人だったよ。戦争で死んじまったけどな」
「フライパンより、味付けの仕方を伝授すべきだったよな。その師匠」
「なんか言ったか? 小森」
「い、いや。なんでもない。…良い師匠だったんだな。その人」
「ああ、本当に面倒見が良い師匠だった。あれは、俺が修行を始めてすぐの頃だった。魚の下拵えの仕方を…」
フライパンを撫でまわしながら長谷山がしみじみと語り始めた時、扉が不意に開いた。開いた扉の向こうに、階下の守備についていた炊事兵の一人が青白い顔をして立っている。
「なんだ、吉田か。何かあったのか?」
話の腰を折られた長谷山が、腹立たしげな声を上げた。
「…」
兵士は無言のままだった。目が虚ろだ。
「おい、吉田。何かあったのか、さっさと…」
長谷山の言葉が終わらぬ内に、兵士の体が前のめりに倒れた。背中に、黒光りする軍用ナイフが刺さっている。
「?!」
室内に居た全員が無言の叫び声を上げた時、黒い影が飛び込んで来た。
飛び込みざま床に伏せた黒畑は、サブマシンガンの引き金を引いた。咳き込むような発射音が響き、幾つもの悲鳴がそれに重なる。銃声が止み、最後の空薬莢が涼しげな金属音を立てて床に転がった時、硝煙が立ちこめる室内に立っている者は誰もいなかった。
「待ち伏せは中々見事だったが、守りが成ってなかったな」
ゆっくりと立ち上がった黒畑の耳に、か細い呻き声が聞こえてきた。
「死に切れない奴がいたか?」
サブマシンガンを床に放り投げた黒畑は、腰のホルスターに手を伸ばした。その時、うずくまる様にして床に倒れていた一人の兵士が不意に立ち上がり、大声で喚きながら黒畑めがけて突進して来た。
「この、クソ野郎!」
でっぷり太ったその兵士…長谷山は、右手に持った大きなフライパンを黒畑の頭めがけて振り下ろした。
フライパンが頭を直撃する寸前、黒畑は横へ…扉の方へ跳んだ。扉の前に転がった死体から軍用ナイフを抜き取り、振り向きざまに長谷山めがけて投げつける。
「うお~っ!」
長谷山は、フライパンをテニスラケットの様に振り回してナイフを弾き飛ばした。虚空を回転しながら飛翔したナイフは、乾いた音を立てて天井に突き刺さった。
「てめえのナイフなんざ、フライパン以下だ!」
勝ち誇ったように叫び、再びフライパンを黒畑めがけて振り下ろす。肉がひしゃげ骨が砕ける鈍い音と、くぐもった銃声が同時に室内に響いた。
「ぐぶおっ」
長谷山の口から血の泡が吹き出た。分厚い胸に、薄煙を上げる拳銃の先端が押し付けられている。拳銃を握り締めているのは黒畑だ。左肩でフライパンを受け止め、右手で拳銃を引き抜いたのだ。
フライパンが床に落ち、ガラガラと賑やかな音を立てた。
「て、てめえ…」
長谷山の太い両腕が黒畑の首を掴んだ。万力のような力で締め付ける。
「むぐうう」
黒畑は、呻き声を漏らしながら引き金を続け様に引いた。
一発、二発、三発…。五発目で、太り過ぎの炊事兵の腕から力が抜けた。仲間を殺した敵兵に抱きつくようにして、床にひざまずく。
「男に抱きつかれても、嬉しくは無い」
咳き込みながら黒畑は、銃口を長谷山の眉間に押し付けた。鈍い銃声と共に、炊事兵の体は黒畑から離れた。
「やっと死んだか・・・」
床の上に大の字になった長谷山を見下ろした黒畑は、ゆっくりと踵を返した。
フライパンで潰された左肩を右手で庇いながら階段の途中まで降りた所で、意識が遠のくような激痛が襲ってきた。
「俺も、ヤキが廻ったかな」
苦笑してその場に腰を下ろした黒畑は、荒い息を吐きながらタバコを取り出した。火はつけずに口に咥えたまま、視線を階下に向ける。車庫になっている一階部分には、自走爆弾ゴリアテがうずくまっていた。その傍に、二人のKCD兵士が死体となって転がっている。
「今日一日で何人殺したかな。さすがに飽きてきたぜ」
陰鬱な笑いを浮かべながらライターを取り出し、タバコに火をつける。
「元原の奴、相変わらず葉っぱを咥えてるんだろうか?」
吐き出した煙の向こうに、元原の顔が浮かんだ。
西脇は体を起こした。心臓の鼓動に応じて、体の何処かから血が流れ出て行くのが判る。だが、不思議に痛みは感じなかった。
「おい、誰か…」
霞む目で辺りを見まわした。胸を血で真っ赤に染めた小森が、火の消えたタバコを咥えたまま倒れている。頭を撃ち抜かれた高西が、愛用のノートパソコンを抱え込んだまま息絶えていた。
パソコンのモニタ画面の中で、KCD技術部の四人組…福間、西脇、小森、高西に似せたアニメ風キャラクターが車座になって酒盛りをしている。高西が自作したスクリーンセイバーだ。
四人が乾杯する度に、西脇だけが顔を真っ赤にしてひっくり返る。それを繰り返すだけの、他愛の無いスクリーンセイバー・・・。
「みんな死んじまった。もう、酒盛りは出来ないな」
力なく首を振った視界の片隅に、ゴリアテのリモコン装置が映った。
「ああ、…おまえも、俺達の仲間だったな」
震える指を伸ばして起動スイッチを押す。緑色のランプがボンヤリと灯った。更に指を這わせ、起爆スイッチのカバーを手探りで起こす。
「女には余り縁が無かったが、悪友は沢山出来た。…結構、面白い人生だった」
蚊の鳴くような声で呟いた西脇は、起爆スイッチの上に置いた指に最後の力を込めた。
最後のゴリアテは、階段の途中でタバコを吸っていた黒畑と、恐る恐るビルの中を窺っていた蒼い水東部遊撃隊の十人近い兵士の命と共に消滅した。
以下次号