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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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イントロダクション、プロローグ、第1章 襲撃1アップします。

読んで頂いた方からの感想をお待ちしております。

蒼い水                 

作 FKRG

 

イントロダクション

 

 

廃墟に、薄く雪が積もっている。

 

瓦礫だらけの広場の中央で、二人の男が向かい合って立っていた。一人は二十代後半でメガネをかけた痩せ型で、もう一人は三十代半ばでがっちりした体つきという対照的な体型だが、削いだような頬と鋭い目付きが共通している。どちらも暗灰色の軍用コートを着ているが、襟元から覗く戦闘服のパターンは明らかに異なっていた。

「お久しぶりです。少し痩せましたね」

年下の男が陸上防衛軍式の敬礼をした。吐く息が白い。

「ああ、すっかり贅肉が取れたよ。そっちと違って、こちらは食料が不足気味なんでな」

答礼した年上の男の顔に、苦笑いが浮かんだ。

「ご苦労をお掛けします。僅かですが食料を持って来ました」

年下の男は広場の端に止まっているジープを目顔で示した。ハンドルに覆い被さるようにして兵士が突っ伏している。

「この寒いのに、うたた寝か?」

年上の男が訝しげな表情を浮かべた。

「永遠にね。私が何をしようとしているのか、感づいたようだったので・・・」

冷たい笑いを浮かべながら、年下の男は腰のホルスターを軽く叩いてみせた。

「そうか・・・。まあ、邪魔者は早めに片付けるに限るからな」

 年上の男も冷たい笑いを浮かべた。

 

「“あの人”は?」

 

ジープに向かって歩きながら、年上の男が尋ねた。

「お元気です。そして満足しておられます。計画が順調に進展していることに」

「西部方面は完全に掌握した。中部方面には未だ逆らうグループが二,三残っているが、年明けと共に一気に叩き潰す積りだ。逃げ場を求めて、そちらの方へ侵入を図るかもしれん。注意してくれ」

「年明けですか? 判りました」

慇懃に頷くと、年下の男は足を速めた。ジープの後部に廻り、荷台部分を覆っていたシートを剥がす。荷台にはぎっしりと段ボール箱が詰め込まれていた。

「全て食料です。持ち帰って下さい」

 年上の男は嬉しげに口笛を吹いた。

「さすが食料の豊富な神白だな。これを見ればゴリラ野郎も喜ぶだろう」

「大した物ではありませんよ。でも良いんですか? あなたのボスをゴリラ呼ばわりして」

「ボス? アイツのことか?」

年上の男は鼻先でせせら笑った。

「奴はかりそめのボスに過ぎない。俺の本当のボスは“あの人”だ」

「私とて同じ事です。私のボスは、あの青白いモヤシ野郎ではない。“あの人”こそ、本当のボスなのですから。…おっと、忘れる所だった」

年下の男は、緩衝シートに包んだ小さな箱を三個、コートのポケットから取り出した。

「これから、私との連絡にはこれを使ってください。使い方はご存知でしょう?」

箱を年上の男に渡した年下の男は、小走りでジープの運転席側に廻った。ハンドルに突っ伏した兵士の襟元を掴み、ガラクタを扱うような手つきで車外に放り出す。

地面に投げ出された兵士の戦闘服の襟が鈍く光った。それは小さな長方形の金属板の表面に“KCD”と浮き彫りした銀色のバッジで、同じ物が年下の男の襟にも留められていた。

「私のコールサインは“協力者”です。あなたのコールサインは何にします?」

運転席とハンドルに付着した血をボロ布で拭いながら、年下の男が尋ねた。

「“蒼い水”だ」

年上の男が短く答えた時、止んでいた雪が再び降り始めた。 

 

プロローグ

 

 

AD二〇一〇年十月、五年の長きに渡って全世界と全人類を巻き込んで行われたWW3…第三次世界大戦は終結した。誰かが勝利を得たからでもなく、誰かが平和を唱えたからでもない。地球上の全ての国家が事実上消滅したが故に終結したのに過ぎなかった。

 

WW3勃発時の人類総人口は約七〇億人。WW3終結直後には約二十億人。そして、終結から一年半後のAD二〇一二年春には約二億人にまで激減していた。

戦争が終結したのにも関わらず、僅か一年半の間に十八億人もの人間が死んだのはなぜか? 理由は無数に挙げられる。だが、その最大のものは良質な飲用水の絶対的不足だった。

全地球規模で使用された戦術核、生物化学兵器などの残滓により、世界中の水系の大半は汚染されてしまった。人々は考え得る限りの方法を使って安全な飲用水を得ようと狂奔したが、その努力のほとんどは徒労に終わり、億単位の人間が不治の病に犯され死んでいったのだ。

日本も例外ではなかった。

WW3勃発時の日本の総人口は一億三千七百万。WW3終結時の人口は約三千万。そして、AD二〇一二年春の人口は四百万人に届かなかった。

生き残った日本人は百人単位、或いは千人単位の小集団を作り、自給自足が可能な土地に定住した。貧しいながらも平和に暮らそうとしたのだ。だが、その一方で半ば盗賊化した集団も現われた。崩壊した防衛軍が各所に集積していた武器を手に入れた彼らは、つつましく暮らす定住者達を襲い、略奪と破壊と暴行の限りを尽くした。

武装化し各地に割拠した盗賊集団は“バンディッツ”と呼ばれ、善良な定住者たちの恐怖の的となった。

 

日本海に面する北陽地方。その片隅に位置する神白(こうじろ)は、重要な軍事施設も軍需産業も無く、交通の要衝でさえもない小さな地方都市だった。

 

だが、その非重要さゆえに、戦争による直接的な被害をほとんど受けることなくWW3の終結を迎えることができた。市域北端に位置する市街地も、市域内に点在する小集落もほぼ無傷で残ったばかりでなく、市内各所に散在するJAの倉庫には大量の米が備蓄されていた。

この程度の幸運に恵まれた都市は他にも存在した。しかし、神白の更なる幸運は、市域南端にある奥川村ダムと、ダムを源流として市域の南北を貫く神白川及びその支流…いわゆる神白水系が他の水系と隔絶していたことに加えて、その地質が毒性物質を濾過する特性を備えていたことにあった。

居住可能な多くの家屋と潤沢な食料、そして何よりも飲用に適した清浄な水を有する神白市には、WW3終結直後の時点で五万人近い人々が暮らしていた。

だが皮肉なことに、他の地域に比べて格段に恵まれたこの環境が、バンディッツの執拗な襲撃を招く要因ともなった。

最初の頃は、せいぜい五、六人の小グループが恐喝まがいの窃盗を働く程度のものだった。だが、時が経つに連れて、その人数や襲撃の頻度と被害は加速度的に増大していった。

政府は勿論、軍隊も警察さえも存在しない現状では、自分達の身は自分達自身で守るしかない。そう考えた神白市市長 島崎順一は、自衛組織の必要性を市民に訴え、その賛同を得た。

かくしてAD二〇一〇年十二月、神白市民防衛隊…通称KCDが創設された。KCDの中核を成したのは、神白市郊外にある防衛軍地下燃料備蓄庫守備任務のため駐屯し、戦後行く宛も無いままに残っていた歩兵部隊だった。

KCD司令官は市長である島崎が兼任し、実質上の指揮、運営は副司令官に就任した備蓄庫守備隊長 川村翔中尉が執る事になった。

 

KCD創設から一年半後のAD二〇一二年五月、この物語は始まる。

 

 

第1章  襲撃1 五月二日午後~

 

 

鈍い爆発音が聞こえた。

「停めろ!」

ジープの後部座席に座っていたKCD F中隊隊長 桜良一少尉は、怒鳴り声を上げた。

ジープが急停止するより早く、桜はそのずんぐりした体躯からは想像しにくい素早さで立ち上がると同時に振り向いていた。視線の先に小高い丘がそびえている。爆発音が聞こえたのは、その丘の向こう…県道19号線と県道41号線の合流点付近からだ。

「中隊長、今の爆発音は?!」

中隊長付き護衛兵の市木亜衣初級兵が、蒼ざめた顔を桜に向けた。サブマシンガンを握り締めた手が細かく震えている。

だが、今の桜にそれに答える余裕など無かった。

「島倉、合流点へ向かえ! 高橋、第三小隊を呼び出せ! 市木、周囲を警戒!」

頬から顎にかけて生やした自慢の髭を震わせながら、矢継ぎ早に命令を下す。

「了解!」

「ラジャー!」

「はい!」

運転兵の島倉初級兵がハンドルを水車のように廻してジープの方向転換を終えた時、助手席に座った通信兵の高橋上級兵がハンドセットを桜に差し出した。 

「隊長! 第三小隊 森川准尉、出ました」

ひったくるようにしてハンドセットを受け取った桜は、送話口に向かって怒鳴り声を上げた。

「森川! 今の音は何だ!?」

「敵です。バンディッツ! 数は…」

受話口の向こうで銃声が響き、森川の声は途切れた。

「どうした!? 応答しろ!」

応答は無かった。受話口からはノイズが聞こえるだけだ。

「車を止めろ! 第四小隊にチャンネルを切り替えろ!」

 ハンドセットを握り締めたまま、桜は苛立たしげな声で命令した。

桜が率いるF中隊は、守川町の集落内にある守川小学校跡に中隊本部を設置していた。そこに第二小隊を置き、集落の南一キロにある県道19号線と県道41号線の合流点に第三小隊、その東一キロの梓橋に第四小隊を配置している。 

中隊長である桜は、自ら第一小隊を率いて付近をパトロールした帰りで、中隊本部へあと二百メートルほどの県道上にいた。ここからでは丘が邪魔で合流点は見えないが、第四小隊が守備する梓橋からなら合流点が見える。

桜はハンドセットのコールボタンを何度も押した。だが、第四小隊からの応答は無かった。

「クソッタレ! 梨村のメガネ野郎、お前の責任だぞ!」

ハンドセットを握り締めたまま、桜は罵声を上げた。

 

各小隊をバラバラに配置するという、戦力分散の典型とも言えるこの布陣は、つい数時間前に開催されたKCD幹部会議の席上で、KCD参謀 梨村満少尉が提示したものだった。

 

「なんだ、これはっ! こんな配備でバンディッツの襲撃を受けたら各個撃破されるぞ。一体、どういうつもりだ!」

神白市庁舎二階にある会議室でその布陣案を聞いた時、桜は椅子を蹴って立ち上がり怒鳴り声を上げた。

顔の半分近くを髭で覆った桜が、僅かに露出した額と頬を真っ赤にして怒鳴り散らすその姿は、端午の節句に飾る鍾馗様の人形を連想させる。だが、ずんぐりとした体型とドングリのように丸い目が妙に子供っぽく愛嬌がありすぎる為に、本人が思っているほどの威圧感を相手に与えることには成功しなかった。

「一月初めの襲撃以来、バンディッツの組織的な襲撃は起きていない。そう神経質にならなくても良いだろう。それに…」

静かで冷たい梨村の声が会議室に響いた。

声と同じく、その容姿も桜とは好対照だ。痩せぎすで頬が削げ、顔色は病的なほどに白い。メタルフレームのメガネをかけた切れ長の目は冷徹さのみを見る者に感じさせ、愛嬌の“あ”の字もうかがえない。

「それに、なんだ?」

余りに冷静な梨村の反応に毒気を抜かれた桜は、やや声を落として問うた。

「F中隊。つまり桜少尉、貴官の部隊の兵だが。貴官への依存心がいささか強過ぎるように見受けられる。G中隊を全滅から救った事からも証明されたように、貴官の指揮ぶりは大したものだ。だが、部下がそれに甘えて成長しないようでは困る」

桜はチッと舌打ちすると、バツの悪い表情を浮かべた。梨村の指摘が正鵠を得ていたからだ。

桜が陣頭指揮を執った時のF中隊は、KCD随一といえるほどの精強さを誇る。だがその反面、桜が不在の時に何か異変が起きるとパニック同然の状態に陥るのも事実だった。

それまで黙って二人のやり取りを聞いていたKCD副司令官 川村翔中尉が口を開いた。

「桜少尉。君が危惧する通り、兵力を分散するのは確かに危険を伴う。だが、適度な緊張感を持ち得る状況下で部下を鍛える訓練と考えて、梨村の布陣案を了承して貰いたい。無論、F中隊で対応不能なほどの事態が起これば、直ちに救援部隊を差し向ける。どうかな?」

川村の口調は、穏やかではあるが拒否を許さない威厳を湛えていた。

「判りました。梨村参謀の布陣案に従います」

暫しの沈黙の後、桜は渋々ながら配備案を受諾したのだった。

 

「あの時、もっと強硬に反対していれば…」

 

桜の脳裏に悔悟の念がよぎった。だが、それはほんの一瞬に過ぎなかった。

「済んだ事を悔やんでもどうしようも無い。人生、いつも前向き」

が、彼のモットーなのだ。

(とにかく、守川小学校の第二小隊と合流し、それから状況の確認を…)

善後策を練る桜の背後で、鈍い爆発音が起きた。

「?!」

慌てて振り向いた視界に、守川小学校の校舎が映った。二階の窓の幾つかから、赤黒い煙が吹き出している

「こ、これは…」

桜が絶句した時、県道を挟んで校舎と向かい合う家並みの中から、数個の黒い点が撃ち出された。

黒い点は弧を描いて虚空を飛び、校舎に命中した。鈍い爆発音と火柱が立て続けに起こり、赤黒い煙が見る内に建物を包み込んでいく。 

ナパーム弾だ。

「高橋! 司令部を呼び出せ! バンディッツの…」

桜の怒鳴り声が不意に止まった。いや、止められた。

太く短いうなじに、小指の太さほどの穴が穿たれていた。そして反対側の喉元には、ピンポン玉が入りそうなほどのギザギザの穴が開いている。貫通銃創だ。血が噴水のように吹き出し、激痛が全身を駆け巡った。

だが、桜は倒れなかった。

よろめきながらも体を反転させ、自分の居る場所と第三小隊が布陣する県道合流点とを遮る丘を見据える。

その時、丘の中腹の密生した木々の間で、小さな白い光が閃いた。

「グッ」

肉が弾ける鈍い音と同時に、助手席の高橋が呻き声を上げてのけぞった。仰向けになった額から、血が太い筋を引いて流れ落ちていく。

「狙撃兵…か…」

声にならない呟きを漏らした桜は、座席に立てかけてあった小銃に手を伸ばそうとした。だが大量の血を失った体には、銃を掴むどころか立ち続ける力も残っていなかった。ガクリと膝から力が抜け、桜はジープの後部座席に仰向けに倒れ込んだ。

脳裏に、KCD参謀 梨村満の冷ややかな顔が浮かんだ。

「クソッタレが…。死んじまえバカ野郎!」

今朝の会議の席で言いたくとも言えなかったセリフを、心の中で叫ぶ。叫んだ途端、梨村の顔は消え、代わりに親友でもあり同僚でもある安城弘一の顔が浮かんだ。

「安城、安城よ。いつまで、そんな暗い顔をしている積りなんだ? 玲子さんの事は、もういい加減に忘れろ。済んだ事を悔やんでも、どうしようも無いだろうが。“人生、いつも前向き”だよ。いつまでも過去を引き摺ってるんじゃない。俺なんか、俺なんか、もう…」

 目の前が暗くなってきた。瞼が、鉛で出来たかのように重くなる。

「隊長っ! 桜さん! 良一さん!」

自分の名を呼ぶ悲痛な声に、桜は、閉じかけていた瞼をうっすらと開けた。

目の前に、市木亜衣の小さな顔があった。大粒の涙を流しながら、桜の顔を食い入るように見つめている。

「死なないで、良一さん。お願い! 死なないで!」

(市木、なぜ逃げない? なぜ、俺なんかの為に泣いている? なんで、おまえは?)

目顔で問い掛けた桜の脳裏に、忘れ去っていた記憶が不意に蘇った。

WW3終結から間もない神白の街。薄暗い裏街から、一人の少女が大声で助けを求めながら表通りに飛び出してきた。その少女を追ってきた兵隊崩れの二人組を、桜は投げ飛ばした。

「大事な友達が、まだ残ってるんです。助けて下さい!」

「わかった! 桜、その子を頼む」

一緒に居た安城が裏街に駆け込んだ。

安城が少女の友達を連れ帰って来るまでの間、桜は下手糞なジョークを連発して少女を笑い転げさせていた。そうやって笑わせ続けなければ、その気の弱そうな少女は今にも大声で泣き出しそうだったからだ。

礼の手紙を…ラブレターを呉れた。何通も…。けれど、KCDの幹部としての職務に追われていた桜は返事を出せなかった。そして、いつしかその出来事も、その少女の顔さえも忘れてしまった。

(そうか、思い出したよ。市木、おまえは、あの時の…)

桜の髭だらけの頬が微かに震えた。市木亜衣に向かって微笑もうとしたのだ。右手が僅かに動いた。手を、市木亜衣の顔に伸ばそうとしたのだ。だが微笑む力も、腕を上げる力も既に残っていなかった。

「良一さん!」

市木亜衣の叫び声も、もはや聞こえなかった。自分自身の血で染まった座席の上で、桜良一は絶命した。

 

楕円形に区切られた双眼鏡の視界の中で、小柄なKCD兵士がジープの後部座席に倒れ込んだ。

 

「相変わらず良い腕だな。元原」

双眼鏡を構えた男が感嘆の声を漏らした。

「一人目は狙いが狂った。頭を狙ったんだがな」

元原と呼ばれた男は、構えていた狙撃銃を傍らに置くと、面白くも無さそうに言った。中肉中背、色白で優しげな顔立ちだが、目つきが異常に鋭い。

「じゃあ、今のも狙いが狂ったのか? 胸に命中したようだが」

「いや、わざとだ。心臓を狙った。女、しかも若い女だったからな。頭を…顔を撃つのは忍びなかった」

物憂げに答えた元原は、傍らの木の枝に手を伸ばした。透き通った緑色の細長い葉を引き千切り、口の端に咥える。

「忍びなかった、か。しかし、殺した。矛盾してるな」

皮肉っぽい口調で呟くと、男は双眼鏡から目を離した。

「ああ、戦争なんてのは矛盾そのものだよ。見ず知らずの、憎しみ合っている訳でもない者同士が殺し合うんだからな。あんただって、それを承知の上で殺し合いをして来たんだろう? 黒畑さん」

黒畑と呼ばれた男は、豹を想わせる素早さで立ち上がった。元原より頭一つ背が高く、贅肉の無い引き締まった体つきをしている。

「まあ、な。その通りだ」

 ニヤリと笑った黒畑は、胸ポケットからタバコの袋を取り出した。一本咥えて火を点けると、頬から顎にかけて生えた不精髭をゾリゾリと音を立てて撫で擦りながら、旨そうに目を細めて煙を吐き出す。

「あの女兵士は、逃げようとしなかった」

誰に言うとも無く呟いた元原は、引き千切った葉を口に咥えたまま狙撃銃を再び構えた。銃口をジープに向け、スコープを覗き込む。二つの死体が、後部座席で重なり合って倒れているのが見えた。

ジープに乗っていたのは四人。最初に狙ったのは後部座席に居た指揮官らしき男。当然の選択だ。その次は誰でも良かった。そう、女兵士でも良かった。だが、女兵士を撃つのは最後にした。他の二人を撃つ間に逃げて欲しかったからだ。

「戦争は大人の男のゲーム。女子供は、ゲームが終わるまで後方に居れば良い」

それが、元原のポリシーだ。狙撃兵として戦場に立って以来、数え切れないほどの敵兵を撃ってきたが、女と子供は…少なくともそうだと判った場合は、撃ちはしたが急所は外した。自己欺瞞と言われればそれまでだ。だが、頑なにそれを通してきた。

しかし、今日はそうはいかなかった。なぜなら、あのジープは包囲されていたからだ。女とみれば、見境も無く犯してしまう荒くれ男達によって。

仮に元原が見逃しても、あの女兵士の行く手に待つのは恥辱に満ちた死しかなかったのだ。だから、殺した。

銃口を女兵士に向けたとき、彼女は元原に向かって叫んでいた。勿論、元原の顔が見えるはずも、声が届くはずもない距離だ。だが女兵士は間違いなく元原の顔を直視していた。そして、その声も確かに聞こえたのだ。

「私を殺して! 愛する人と一緒に!」

 と…。

(死んだ上官に好意を寄せていたのか。或いは、恋人同士だったのか)

苦い思いが湧き上がって来た。

「もう女は撃たない。撃ちたくない」

元原は、咥えていた葉を吐き捨てた。

 

                 以下次号

 

 

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年齢□約半世紀
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    読書
家族□人間数名
   犬一匹、猫二匹、金魚二匹
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