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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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第1章 襲撃5 アップします。


蒼い水                  作 FKRG

 

第1章 襲撃5

 

「じゃあ、そろそろ帰ります。あまり遅くなると、オヤジさんに怒られるから」

鳥越みゆきは、ややふらつきながら立ち上がった。

「まだ良いじゃないか。夜はこれからだぞ」

男が、そう言って引き止めて呉れることを期待しつつ敬礼する。

「ああ、気をつけてな。オヤジさんに宜しく伝えてくれ」

だが、向かい側のイスに座る男…E中隊中隊長 倉沢寛治は、素っ気の無い声で応えただけだった。

「では、失礼します」

敬礼の手を下ろしたみゆきは、大袈裟に肩を落とす事によって失望の意を表わしながらドアに向かった。

「おい、鳥越」

「はい?」

みゆきは、ビクリと肩を震わせて立ち止まった。くっきりした二重瞼の大きな目が、何かを期待するように輝いている。

「酒を飲んでるんだ、運転はするなよ。おまえの運転は、それで無くとも乱暴なんだからな」

「はい、はい。判ってます」

口調まで失望の色に染めて答えると、みゆきはすごすごと部屋を出て行った。

ドアが閉じられ、みゆきの足音が聞こえなくなると、倉沢は、やれやれという表情を浮かべてイスに座り直した。テーブルの上には一升瓶とコップが二つ、そして肴を載せた皿が幾つか置かれている。瓶を取り上げ、中身をコップに注ぐ。コップに三分の一ほど注いだ所で瓶は空になった。

「良く飲んだもんだ。ウワバミのような奴だな。鳥越は」

呆れ顔で呟きながら皿に残った干し肉を摘み上げた時、中隊長付き護衛兵の下田初級兵が部屋に入ってきた。

「ようやく帰られましたね。でも、こんなに飲むなんて。噂通りの酒豪ですねえ」

倉沢がそれほど酒を飲まないことを知っている下田は、空になった一升瓶を見て目を丸くした。

「うむ。ちょっとばかり、お転婆過ぎるな。美人では、あるんだが…」

苦笑いした倉沢は、テーブルの隅に置かれた花瓶に目を向けた。

赤と黄色の大輪の花が活けてある。その花も、そして酒も肴も全て、みゆきが持参して来た物だ。

「今日はオヤジさんの誕生日だったの。A中隊全員で盛大にバースディパーティーをする積りで準備してたんだけど、F中隊の事があったから中止になっちゃった。だから、用意したものが余ってしまって…。“今後の守備態勢に関して、俺なりに案を作ってみた。倉沢少尉の意見を聞きたいから、持って行って見てもらってくれ。そのついでに、お裾分けをして来い”って、オヤジさんに言われて持って来たのよ」

両手一杯に“お裾分け“の品を抱えたみゆきが神白城址に現われたのは、三時間ほど前だ。半ば強引に倉沢に酒を勧め、みゆき自身も“ご相伴”と称して飲んだ。だが、飲んだ量も食べた量も喋った量も、遥かにみゆきの方が多かった。そして、“守備態勢に関する案”なるものは、ついに話題にも上らなかった。

鳥越みゆきはA中隊第一小隊隊長、階級は准尉だ。年齢は二十二才。仲間内では、“偉丈婦の鳥越”で通っている。キラキラ光る大きな目が特徴的な中々の美人なのだが、男と見間違えるほどのがっしりした体格と男勝りの性格が災いしてか、浮いた話の一つも無い。

彼女自身も、「そこら辺の軟弱な男には興味が湧かない」と、公言して憚らなかった。しかし近頃、その風向きが変わった。いや、それどころか、その風が倉沢に向かって吹いているのだ。

倉沢の何処が気に入ったのか、なにかと口実を設けては会いに来る。今夜にしてもそうだ。“バースディパーティーのお裾分け”なんて聞いたことが無い。それに、花瓶の花はオヤジさん…A中隊中隊長 楠木清三少尉が、職務の合間に大切に育てていた花だということを、倉沢は知っている。  

KCD最年長者で今年四十八歳になる楠木は、直属の部下であるみゆきを実の娘のように可愛がっている。そのみゆきが倉沢に好意を寄せている事を知って、当たり触りの無い任務(?)を与えて寄越したに違いない。

 倉沢は、ついさっきまでみゆきが座っていたソファをぼんやりと眺めた。

(今夜の鳥越は何かを…“男と女の何か”を、期待している様子だった。余り似合っているとは思えなかったが、ヤケに女っぽいスーツを着た上に、髪を綺麗に梳かして化粧までして…。挙措も精一杯、淑やかにしていた。もっとも、酔いが廻るまでの間だけだったが…)

そうと察しつつも、倉沢は敢えて無視した。倉沢の好みは、みゆきとは正反対の儚げなタイプなのだ。例えばF中隊の市木亜衣のような、いつも伏し目勝ちで口数の少ない線の細い娘。

手に持ったままのコップに視線を落とすと、倉沢は小さな溜息を洩らした。

(市木亜衣は、桜に抱きつくようにして死んでいたという。桜に想いを寄せていたのだろう。だが、桜は彼女の気持ちに気付いていたのだろうか? まあ、あの鈍感男の事だ。死ぬまで気付かなかったに違いない。…ところで鈍感男といえば、安城の奴もだ。あいつ、いつまで死んだ婚約者にこだわっている積りなんだ? 過去はそろそろ忘れて、周りに目を向ければ良いのに…。小川さゆり。彼女は安城に惚れている。だが安城は、その事にまるで気付いていないようだった。彼女の素振りを見れば、判りそうなものなのに…)

「世の中は中々巧く行かない、ってことか」

最後の言葉は、低い呟きとなって口から漏れ出た。

「え? 何ですか?」

テーブルを拭いていた下田が怪訝そうな顔をした。

「いや、何でも無い。独り言さ」

倉沢は慌ててそう言うと、一息にコップの酒を飲み干した。

 

「鳥越さん、飛ばし過ぎですよ。事故でも起こしたら只じゃ済みませんよ」

助手席に座る香山初級兵が、恐る恐るたしなめた。

「うるさいわね。あんたまで寛治さ…倉沢少尉と同じ事を言う訳?」

そう言い返してすぐに、みゆきはハッとした表情を浮かべた。飲酒運転が公になれば、オヤジさんは勿論、倉沢にまで迷惑が掛かる事に気付いたのだ。慌ててブレーキを踏み付ける。甲高い音を立てて車は急停止した。

みゆきは、自分で自分が情けなかった。

(寛治さんと二人きりで会えるようにオヤジさんがワザワザお膳立てをしてくれて、その上、大事に育てていた花まで持たせてくれたのに。滅多に着ないスーツを着て、慣れない化粧までして、精一杯女らしく振舞ったのに。なのに、寛治さんと二人きりで会えた嬉しさの余り、ついお酒を飲み過ぎ、はしゃぎ過ぎてしまった。駄目だよね。男勝りで、その上、ウワバミの様に酒をガブガブ飲む女なんて…)

みゆきは知っていた。倉沢の好みのタイプが、自分とは正反対の“秋風に揺らめく野菊のように儚げな女”だという事を。

(でも、私だって女よ。“偉丈婦の鳥越”なんて言われてるけど、本当は誰かに守って欲しい。“力で以って”と言うのでは無く。“心で以って”守って欲しい。寛治さんなら私を守ってくれる。そんな気がする。でも、所詮…)

「あの人とは釣り合わないのかな、私なんて」

溜息をそっと漏らす。

「え? 何か言いました? 鳥越さん」

ハンドルに突っ伏したまま身動きしないみゆきに、香山が心配そうに声を掛けた。

「何でも無いわ。あんたの言う通りね。運転を代わって。飲み過ぎて眠くなっちゃった」

そう言ってから、大袈裟に欠伸をして見せた。そして、“欠伸をした拍子に涙が出た”という仕種で、目許を乱暴に拭った。

だが、幾ら拭っても涙は次々と湧き出し、袖を濡らし続けた。

             *

窓から差し込む街燈の光が、灯り一つ点いていない部屋を仄かに照らしている。その部屋は、およそ殺風景なものだった。古びたテーブルとイス、造り付けのワードローブ。そして、くたびれたベッドが一つだけ。

ベッドが軋み、半裸の男が板張りの床に降り立った。ファッションモデルのようにスラリとした体型で有ることが、薄暗い明かりの下でも見て取れる。

足音を忍ばせてテーブルに歩み寄った男は、壁に掛けてあった戦闘服のポケットからタバコの袋を取り出した。イスに腰掛け、一本咥えて火をつける。ライターの炎が、男の端正な横顔を浮かび上がらせた。

「浩介さん」

いがらっぽい匂いと紫煙が部屋中に漂い始めた頃、心細げな女の声がベッドから聞こえた。

「寝てなかったのか?」

男…KCD親衛第一、第二中隊隊長を兼務する竹田浩介少尉は、テーブルに置かれた灰皿にタバコの先端を押しつけて火を消した。  

ゆっくり立ち上がり、ベッドに戻る。 

ベッドの端に腰を下ろした竹田の傍に、女がにじり寄ってきた。胸から下にシーツを巻き付けているが、剥き出しになった白い肩がうっすらと汗で濡れ光っている。

女の名は正田ひとみ、年齢は二十五才。親衛第一中隊所属の上級兵で、KCD司令官兼神白市長である島崎の護衛兼秘書を任務としている。たおやかな肢体と、何処か淋しげな切れ長の目の持ち主だ。

「眠れないわ。眠れるわけ無いじゃない」

口早にそう言ったひとみは、父親に甘える幼い娘のように竹田の胸にしがみついた。

「たった一日で、百五十人もの仲間が死んだのよ。明日は誰が死ぬの? 私かもしれない。浩介さん、あなたかも…。もしあなたが死んだら、私はどうすれば良いの? 眠れるわけが無いじゃない!」

ひとみの声は、最後には悲鳴に近い叫びになっていた。竹田は、ひとみの背中に腕を廻し強く抱きしめた。

「俺は死にはしない。おまえを残して死にはしないよ」

抱き締めたまま、ひとみの顔を覗き込む。切れ長の目に浮かんだ大粒の涙が、窓から差し込む僅かな明りを受けて宝石のように光っていた。

「お前は、やっと見つけた俺の宝物だ。死ぬ時は一緒だ」

「死ぬ時は一緒?」

「そうだ」

短く答えた竹田は、ひとみの唇に自分の唇を押しつけた。そしてそのまま、牝鹿を想わせるしなやかな体をゆっくりとベッドの上に押し倒した。

「あんっ。あ、あう…」

ベッドが軋む音と忍びやかな喘ぎ声を聞きながら、竹田は心の中で呟いた。

「ひとみを愛し守る事、そして“あの人”に仕える事。それが、俺の生き甲斐。何の目的も夢も持たずに今まで生きて来た俺が、やっと見つけた生き甲斐」

           *

忠誠を誓う者たちから“あの人”と呼ばれる男は、ソファに深く体を沈めてタバコをくゆらせていた。

「市民や兵士達の様子はどうだ? 怯えているか?」

 低く落ち着いた声で、ソファの前に立つ男に問いかける。

「一部の者は…。しかし、大多数の者はバンディッツに対する憎しみを増しているように見受けられます」

ソファの前に立つ男は、慇懃な口調で答えた。

「ふむ、ちと派手に殺し過ぎたからな。却って逆効果になったか…」

「襲撃の指揮を執るのが黒畑さんだという事を失念していました」

ソファの前に立つ男は、申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「あいつは…黒畑は、戦闘となると容赦が無いからな。ま、仕方あるまい。だからこそ、あいつをあちら側に潜り込ませたのだから」

短くなったタバコを灰皿に押しつけて消しながら、ソファに座る男は苦笑いを浮かべた。

「どうします? 次のステップを予定通りに行いますか?」

ソファの前に立つ男が緊張気味に尋ねた。ソファに座る男は、その問にはすぐに答えずに軽く俯いた。人差し指で、右眉の上辺りを軽くなぞる。

「無論だ。今更、後戻りは出来ない。我々の計画に賛同しそうも無い幹部は、遅かれ早かれ粛清しなければならない」

数秒の間を置いて再び顔を上げたソファに座る男は、確固たる口調でそう言い、新しいタバコに火をつけた。

「判りました。それでは予定通りに…。それにしても、あと一人か二人、幹部を引き込みたかったですね」

「ふむ、努力はしたのだがな。この一年ほどの間に、幹部達は必要以上にこの街と住民に愛着を持ってしまった。無理に引き込んでも裏切られる怖れがある」

「ですね」

「我々の計画は、最後の段階に達するまで綱渡り的な要素が有ることを否めない。仲間は多いに越したことは無いが、決して裏切らない者でなければ却ってリスクを背負い込む事になる」

「計画に賛同した者は皆、あなたに私淑しています。但し、あいつだけを除いて…」

「お前も心配性だな」

ソファに座る男は苦笑した。

「その為に、監視役を送り込んである。裏切りそうになったら躊躇せずに始末するよう命じて、な。とにかく計画は動き始めたのだ。さっきも言ったが、もう後戻りは出来ない。それより、渋沢はまだ最終的なタイムスケジュールを送って来ないのか? グズグズしていると、全てが水の泡になってしまうぞ」

「“詰めがまだ幾つか残っているが、明後日には出来上がる”とのことです」

「そうか」

男は、軽く頷くとソファから立ち上がった。壁際に歩みより、窓を開ける。

涼しい夜風が吹き込み、室内に充満したタバコの煙が薄らいでいく。窓から見渡す神白の街は、闇の中で寝静まっていた。

           *

薄汚れた窓から、朝の光が差し込んで来た。

KCD技術将校 西脇賢一郎は、汗臭い毛布をはねのけて起き上がった。そして、ひどい頭痛に顔をしかめた。頭の中で割れ鐘が鳴り響いている。 

目の前の床に、空の一升瓶が数本、転がっていた。

「ひどいもんだ。何が“お前でも飲める酒ができた”だ」

唸り声を漏らした西脇の耳に、大きな、その癖やけに規則正しい鼾が聞こえてきた。

鼾の主は、同じ技術将校の小森幸展だ。その隣で、同じく技術将校の高西克英と福間光雄が毛布を頭まで被って寝転がっている。彼ら四人は、KCD技術部と呼ばれる部門のメンバーだ。福間は神子川河口に有る風力発電所と、そこから神白市街地に至る送配電システムの維持管理を任務としている。小森は車両の整備。高西はコンピューターシステムと無線機の維持管理。そして、西脇は火器の補修と銃弾の生産が任務だ。四人とも階級は少尉だが、軍属に近い職務ゆえに、KCDの幹部として名を連ねてはいない。

そして技術部と言っても、正規のメンバーはこの四人しかいない。車両、武器、その他各種の設備等をWW3以前に作られた物に頼っている神白市とKCDにとって、それらを維持する技術部には本来ならもっと人員が必要だ。

だが、現在の神白は慢性的な人手不足状態にある。なにしろ、二万人そこそこの人数で食料などの生活必需品を生産しつつ、バンディッツの襲撃から自分たちの命と街を守らなければならないのだ。保守管理と言う、どちらかと言えば地味な存在である技術部に人手が廻って来ないのはやむを得ない。いよいよ手が足りない時に限って、他の中隊や一般市民に助っ人を頼んで急場をしのいでいるのがKCD技術部の実情なのだった。

 

四人は昨夜、技術部独自でF中隊隊員の追悼会をする為に集まった。だが、追悼会を追悼会だけで終わらせるような彼らではなかった。

追悼会は五分も経たない内に“お清め”と言う名の宴会に変わり、酒造課長を自認する小森の”今まで造った内で最高の自信作“である焼酎と、皆が持ち寄った肴がテーブルの上に並べられた。

「技術将校と言っても、俺たちの仕事は所詮、修理屋さ。たまには何か独創的な物を作りたいが、資材が無いし…」

グビグビと焼酎を飲み、絶え間なくタバコをふかしていた福間が、いつもの愚痴をこぼし始めた。もともと浅黒い顔に酒の酔いが混じって、顔全体が赤黒くテカテカと光っている。

四十三歳になる福間は、四人の中では最年長者だ。本来なら技術部のリーダーになるべき立場なのだが、「俺は人見知りが激しくてワガママなんだ。気に食わんヤツには挨拶もしたくないし、気が乗らん仕事をするくらいなら寝てるほうがマシだ」と公言して憚らないので、他の三人の誰も「リーダーになれ」とは言わなかった。

しかし、他部門との折衝や部内のまとめ役は必要だ。それで、四人の中では一番人当たりの良い小森が技術部のリーダーという事になっている。

「人手も無ければ時間も無い。たまに上の方から、“資材を出すから、こういう物を作れ”って言われても、“気が乗らん”とか言って誰かさんが蹴飛ばすし…」

四人の中で最年少の高西が、からかうような口調で茶々を入れてきた。

「おい、高西。そりゃ誰の事だ?」

 福間が、ギロリと高西を睨み付けた。

「さあ、誰でしょうねぇ。俺や小森さんや西脇さんじゃないことは確かですよ」

 クスクス笑いながら高西は答えた。

痩せ型の体型の上に童顔なので二十歳そこそこに見える高西だが、実は三十を超えている。大人しそうな顔立ちに似合わず、無類の皮肉屋だ。だが、誰でも彼でも皮肉って愉しむ訳にはいかない。KCDの中にも短気で血の気の多い者は居る。からかった相手から銃を向けられでもしたら堪ったものではない。

 その点、“人見知りの激しいワガママ男”と自称しつつも、技術部の同僚に対しては心を開いている福間は、遠慮なく皮肉を言える相手だったし、福間自身、一回り年下の高西に皮肉られる事を愉しんでいる節があるのだった。

「ふん、悪かったな。でもなあ、気がのらん物を無理矢理作ったって、良い物は出来ねえんだよ。あ~あ、“徹夜してでも作りたい物”ってのが、ないもんかねえ」

「そこまで言うんなら、こいつはどうだ?」

福間に負けないピッチで酒を飲んでいた小森が、テーブルの上のコップや皿を片寄せて図面を広げた。

「この頃、西脇と二人でゴソゴソなんかやってたが…。こいつは何だ? タイヤ付きの棺桶に見えるが?」

図面を覗き込んだ福間が首を傾げた。

「ゴリアテ? 変な名前だな。それにしても下手糞な図面だなあ」

高西が、感じたそのままを正直に言った。

「あのな、高西よ。描いたのは俺だよ。下手糞で悪かったな。見たくなきゃ見なくて良いぞ」

不機嫌そうに頬を脹らませた西脇が、図面を取り上げかけた。

「いや、あ、その…。独創的な図面だなあ、と。すんません」

慌てて謝った高西だったが、心底から謝罪などしていない事は誰の目からも明らかだった。

「図面の描き方はともかく…。こいつは、無線誘導の自走爆弾か?」

食い入る様に図面を見つめていた福間が、唸り声を漏らした。

「そうさ。モーターで静かに移動し、敵中に入りこんでボカン」

小森が、甲高いはしゃぎ声を上げながら両手をパチンと打ち鳴らした

ややずんぐりしたした体型の小森がこういう所作をすると、何とも言えない愛嬌が滲み出て場が和やかになる。設備や装備の管理維持が任務の技術部は、とかく上の都合と下からの不満との板挟みになる部署だ。小森のように人当たりの良い人物がリーダーでなかったら、“一癖も二癖もある奇人変人の集まり”であるKCD技術部は、とっくの昔に“お取り潰し”になっていたに違いない。

「しかし、部品は?」

「あるさ。そこの押入れを開けてみろ」

小森が指差した押入れの中には、大型バッテリーと一抱えほどの大きさのモーターが幾つか並んでいた。

「どうだい。新品とはいかないが、充分使える代物だ。集めるのに苦労したんだぜ」

「でも、爆薬は? 大町市で見つけた爆薬は勝手に使えないでしょう?」

「ちゃんと考えてある。肥料を使うのさ。JAの倉庫に備蓄してある化学肥料。あれを主材料にして爆薬を作る」

高西の質問に、西脇が赤い顔をして答えた。薄く割った焼酎をほんの少し飲んだだけなのだが、もう上半身がぐらぐら揺れている。四人の中では一番がっしりした体格の持ち主の西脇だが、その外見を見事に裏切る全くの下戸なのだった。

「シャーシーやボディは、スクラップになった車両を利用して作ってある。あとは無線誘導システムとモーター駆動回路だけだ。あんたらの専門だろう?」

「自走爆弾ねえ。平和主義者の俺としては、ちょっと気が進まんなあ」

福間がおどけた口調で応じた。

「な~にを言ってるんだか。射撃訓練で一番弾を消費するのは福間さん、アンタでしょうが。嬉しそうに撃ちまくる癖に、ちっとも的に当たらない。半自動化してるとは言え、大量の弾丸を作るのは大変なんだから」

火器類の修繕の他に訓練用の弾丸の生産も担っている西脇が、口を尖らせて非難した。

「ちぇ、ばれてたか」

福間は、頭を掻きながら苦笑した。

「ま、なにはともあれ、自走爆弾“ゴリアテ”に乾杯だ」

小森が大声で叫び、焼酎を満たした湯呑を目の高さに持ち上げた。

「乾杯」

「乾杯」

福間と高西が唱和する。

「俺はもう寝る。おまえら勝手に飲んでろ」

そう言って西脇がひっくり返った後も、三人の宴会は深夜まで及んだのだった。

「とにかく、もう酒は飲まんぞ。二度と御免だ」

気持ち良さそうに寝入っている三人を睨みつけながら、西脇は再び唸り声を漏らした。頭痛は当分、治まりそうにない。

 
以下次号(1-6)へ

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