私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。
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蒼い水 第6章 流れ行く水 5 アップします。
朝晩寒くなってきました。ついでに財布の中も寒い今日この頃。
朝晩寒くなってきました。ついでに財布の中も寒い今日この頃。
蒼い水 作 FKRG
第6章 流れゆく水 5
家並みに燃え移った火は見る間に広がり、灰白色の煙が辺りを覆いつつあった。その煙の中から数名の兵士が現われた。周囲を警戒しながら、ゆっくりと近づいて来る。
(腕に布を巻いていない。味方か?)
安城は銃を構えたまま、ブロック塀の蔭から凝視した。やがて、先頭に立つ兵士の顔がはっきり見えた。草加だ。
「草加さん!」
「安城少尉! 無事だったか」
安城に気付いた草加は、嬉しげに駆け寄って来た。
「機銃は始末した。今、大津が市庁舎までのルートを偵察している。敵はガタガタだ。組織的な抵抗はもう無かろう。…ん? さゆりさんの姿が見えないな。一緒じゃなかったのか?」
訝しげな表情で安城の顔を覗き込む。
「戦闘中に行方不明になった。あの路地へ入っていくのが見えたんだが、敵の攻撃を防ぐのが精一杯で、追う事が出来なかった」
安城が指差した方を見て、草加の顔色が変わった。
「敵の生き残りが、同じ方向に逃げ込んで行った。早く探さなければ、さゆりさんが危ないぞ」
「だが、市庁舎に行かなければ…。行って、島崎さんを救わなければ…。島崎さんは俺達にとって、いや、神白にとって掛け替えの無い…」
「このバカ野郎!」
草加は、躊躇する安城の胸倉を掴み上げた。
「島崎市長は確かに大切な人だろう。だがな、安城少尉。アンタにとって一番大切な人は誰だ? 市長は、他の連中が救いに行く。だが、さゆりさんを探しに…いや、救いに行くのはアンタ以外に誰がいる? 惚れた女の為には、市長の一人や二人、街の一つや二つ、放っとけば良いんだ。それともアンタは、さゆりさんの事を本気で愛していない、とでも言うのか?!」
「そ、それは…」
俯いた安城の脳裏にさゆりの笑顔が浮かんだ。婚約者の玲子を戦災で失って以来、心の中に存在していた喪失感と寂寥感という名の冷たく真っ暗な闇。その闇を払ってくれた優しく暖かい笑顔。
(さゆりを失ったら、俺の心はまたあの闇に包まれる。そして、おそらく、もう二度と立ち直れないだろう。…そう、俺にとってさゆりは、掛け替えのない最愛の女だ)
頭を強く振って顔を上げた安城は、草加の顔を直視した。
「草加さん、アナタの言う通りだ。俺にとって、さゆりは唯一無二の存在だ。俺はさゆりを探しに行く」
「そうこなくちゃ。俺も一緒に行くぜ」
「いや、さゆりは俺一人で探す。草加さんは、秋川達と一緒に市長を…」
「何を言ってやがる。ここで今、アンタだけ行かせたら、今度は俺が鳴海さんや大津にどやされる。何でかって? 俺達がKCDの味方をする気になったのは、バンディッツのやり方が気に食わなかっただけじゃないんだ。アンタとさゆりさんが幸せに、そしていつまでも愛し合って暮らして欲しいからなんだ。俺達は、アンタたち二人に“重ねてる”んだよ。戦争から守る事が出来なかった自分達の家族を、恋人を…。…だから、俺は…」
言葉を詰まらせた草加の目は、赤くなっていた。
数瞬の間、安城は無言で草加を見つめ、そして口を開いた。
「判った。感謝するよ、草加さん。一緒にさゆりを探してくれ」
「よし、そうこなくちゃ!」
草加の顔がほころんだ。戦闘服の袖で目元を乱暴に拭い、率いて来た兵士達に向かって大声で叫ぶ。
「おい、キミ達! 大津と合流して市庁舎へ向かってくれ。俺は、安城少尉と一緒に小川初級兵を探しに行く」
言うだけ言った草加は、兵士たちの返事も待たずに、安城と共に駆け出した。
煙に包まれた路地の奥へ二人の姿が消えると、残された兵士達はボソボソと言葉を交わし合った。
「草加さん。物凄い剣幕だったな」
「ああ、まるで妹を誘拐された兄貴みたいな顔をしてた」
「もし蒼い水の奴らが、小川初級兵に”何か“してたら…」
「やった奴は…。八つ裂きにされるぜ」
草加の凄まじいほどの戦闘能力の高さを目の当たりに見て知っている彼らは、身震いしながら顔を見合わせた。
安城は、わき見もせずに入り組んだ路地を駆け抜けて行く。
「安城少尉、ここらは分かれ道があちこちにある。さゆりさんがどこに居るのか、見当がつくのか?」
並んで走る草加が、不安気な声で尋ねた。
「さゆりはフラフラと、まるで夢遊病者のような足取りで歩いていた。多分、爆風に吹き飛ばされて頭を打ったに違いない。以前、訓練中に頭を打って同じ様な状態になった奴を見たことがある」
「そいつは、どうしたんだ?」
「そいつにとっての思い出の場所…恋人にプロポーズした場所が、近くにあった。そこへ行こうとしたよ。訓練中だという事をすっかり忘れて」
「じゃあ、この辺に、さゆりさんにとって強く記憶に残る場所があるのか?」
「ある。俺とさゆりが初めて出会った場所だ。さゆりはきっとそこに居る」
安城はやっと思い出したのだ。あの日のことを。
長い髪を三つ編みにし、子供っぽいミニのワンピースを着た少女。頬を赤らめながら、黒目勝ちの大きな目で安城を見上げていた少女。
(さゆりと初めて会ったのは、ここだ。この神白の裏街だ)
*
月明かりが作り出す青い闇の中で、二人は抱き合っていた。
長く甘いくちづけの後、安城の手がさゆりの腰に伸びて来た。そっと浴衣の帯が解かれた。衣擦れの音と共に、体を包んでいた布が優しく取り払われていく。
さゆりは目を固く閉じ、じっとされるがままになっていた。
「綺麗だよ。さゆり」
耳元で、安城が優しくささやいた。
「うれしい。弘一さん」
さゆりは、恥ずかしげに微笑みながら目を開けた。
「…!?」
青い闇に包まれたロッジではなかった。乱雑に板を打ちつけられた窓の隙間から、埃っぽい太陽の光が差し込む廃屋の一室。煤けた壁と剥き出しのコンクリートの床が広がる、冷たく無機質な部屋。
そして何よりも、さゆりを見つめている男は安城ではなかった。黄ばんだ歯を剥き出しにし、劣情に目をぎらつかせた見知らぬ男。その男は、今まさにさゆりの上に覆い被さろうとしていた。
「きゃー!」
大声で叫んださゆりは、右足で男の体を思い切り蹴り上げた。
「ぐえっ」
蹴りを腹に食らった男は、呻き声を漏らして仰向けにひっくり返った。立ち上がったさゆりは、そこでようやく自分が下着だけの姿にされていることに気付いた。羞恥で身が竦み、動きが鈍る。
強烈な平手打ちが、頬に当たった。
「ひっ!」
短い悲鳴を上げて床に倒れたさゆりの口中に、血の味が広がる。
「セミヌードを堪能してたんだがな。目を覚ましやがったか」
男が、下卑た笑い浮かべてさゆりを睨みつける。
「いや! 来ないで! 助けて! 弘一さん!」
床の上を後ずさりしながら、愛する男の名を呼ぶ。
「弘一? おまえの恋人の名か? 安心しな。弘一さんとやらの代わりに俺がタップリ可愛がってやるよ」
さゆりの脳裏に、一年半前の出来事が再び去来した。
(あの時は、間一髪で弘一さんに救われた。でも、今度は…。いえ、今度もきっと助けに来てくれる。それまで、このケダモノに指一本触れさせるものか)
手の先に何か棒のようなものが触れた。木製の古ぼけたバットだ。咄嗟にバットを掴み、素早く立ち上がる。根元を両手で持ち、青眼に構えた。さゆりの父親は剣道の有段者だった。幼い頃、遊び半分で習った剣の構えを思い出したのだ。
男の顔に驚きの表情が浮かんだ。が、すぐに下卑た笑い顔に戻った。バットを持つさゆりの腕が、小刻みに震えているのに気付いたからだ。
「セミヌードの女剣士か? なかなか面白い趣向じゃないか。相手をしてやるぜ」
獲物を追い詰めたネコの様に目を細めた男は、腰に吊るしていた軍用ナイフを引き抜いた。
二階から女の悲鳴が聞こえ、平手打ちの音がそれに続いた。やや間を置いて、また悲鳴が聞こえ、そして静かになった。
「目を覚ましたようだな」
小銃を横抱きにした男がボソリと呟いた。
「ああ、そのようだな。…あいつめ、愉しんでやがる」
タバコを咥えたもう一人の男が不機嫌な声で応じる。
「ぼやくなよ。アイツは大口を叩く割には“早い“んだ。すぐに、俺達の番になるさ」
「そうか? じゃあ、次はどっちが愉しむか、今のうちに決めとくか?」
タバコを咥えた男が、懐からサイコロを二つ取り出した。
「丁半勝負だ」
「良いだろう。俺は半」
「じゃあ、俺は丁。勝負!」
二つの小さな立方体が、剥き出しのコンクリートの床をコロコロと転がり、やがて止まった。サイコロの目は、四と二。
「ちぇっ! 丁か」
「へへへ、悪いな。俺が先だ」
タバコを咥えた男がサイコロを拾う為に腕を伸ばした時、風を切って何かが飛来してきた。
「ぐっ」
男の口からタバコが落ちた。
何が自分の身に起きたのか判らないという顔で、男は視線を上に向けた。黒い棒のような物が見えた。それは、自分自身の額の真中に突き刺さった軍用ナイフのグリップだった。
「ウ、ウソだろ…」
タバコを咥えていた男は、呻き声を漏らして倒れた。
「だ、誰だ!」
小銃を横抱きにしていた男が、慌てて立ち上がった。銃を構え直し周囲を窺う。
背後で物音がした。
「そっちか!?」
振り向きざまに引き金を引いた。フルオートの銃撃音がコンクリート造りの廃屋に木霊する。
ガチリと音がして銃がホールドオープンした。
「ちっ」
小銃を構えた男は、舌打ちすると同時にリリースボタンを押した。空になったマガジンが床に落ち無い内に、腰のマガジンポーチに手を伸ばす。だが、男の手は途中で止まった。自分の首に、太い腕が巻き付いたからだ。
落ち着いた、だが怒りを含んだ声が耳元で聞こえた。
「おまえらの方で順番を決めてくれて助かったよ。どっちから先に始末すべきか、迷ってたんでね」
もう一本の腕が、男の額に巻きついた。ゆっくりと、しかし抗いようのない力で締め付けてくる。
自分の骨と肉が軋む不気味な音を、男は聞いた。
「むう、ぐうう~」
男の手から小銃が落ちた。
「安城少尉、コイツは俺が片付ける。さゆりさんを救え」
草加の声に応じて、奥の暗がりから安城が飛び出した。二階に続く階段を勢い良く駆け上がって行く。
軍用ナイフを握った男は、ジリジリとさゆりに近づいて来た。二人の間合いが二メートルを切った時、さゆりは青眼に構えていたバットを高々と振り上げた。
「えい!」
男の右手をめがけてバットを振り下ろす。
その瞬間、男は目にも止まらぬ早さでナイフを右手から左手へ移動させた。空いた右腕でバットを受け止めると同時に、左手に移したナイフの切っ先でさゆりの胸元を掠め上げる。
鈍い音と共にバットは真っ二つに折れ、さゆりの胸を覆っていた下着も真中から切断されてはらりと床に落ちた。
「ひっ!」
さゆりは、露わになった胸を両手で隠し、その場に立ち竦んだ。
「チャンバラゴッコは終わりだ。これからは大人の時間だ」
軍用ナイフを投げ捨てた男は、舌なめずりをしながらさゆりを抱きすくめた。
「いやー!」
さゆりの悲鳴を掻き消す様に、階下から自動小銃の連射音が鳴り響いた。
「敵か?!」
銃声に気を取られた男の腕から力が抜けた。
(今だっ!)
身をよじって腕を振り解いたさゆりは、両手で男の胸を突き飛ばした。
「このアマ!」
不意を衝かれて倒れかけた体を、たたらを踏んでかろうじて持ち堪えた男は、怒鳴り声を上げてさゆりを睨み付けた。怒りに歪んだ顔が赤黒くなっている。
「手加減してりゃ調子に乗りやがって。もう、容赦はしねぇ。思い知らせてやる」
腰を屈めた男は、床に転がった軍用ナイフを拾い上げた。その切っ先をさゆりに向けたその時、階段を駆け上がって来る足音が聞こえた。
「弘一さん!」
その足音が愛する男のものであることに、さゆりはすぐに気付いた。
「弘一?!」
男が階段の方へ振り向くのと、安城が階段を上りきるのとは、ほぼ同時だった。
「さゆり!」
安城は、全裸に近い姿のさゆりを見て驚きの声を上げた。だが次の瞬間、その表情は憤怒に満ちたものになった。
「キサマ! さゆりに何をした!」
「うるさい! この野郎!」
男はナイフを突き出したまま、安城に突進して来た。体を捻ってナイフを避けた安城は、男の右腕を左手で掴むと同時に右膝で男の股間を蹴り上げた。
「うぎぃ!」
男の膝が崩れた。ナイフが音を立てて床に落ちる。
「立て! このゲス野郎!」
掴んだままの右腕を強く引き、男を無理矢理立ち上がらせる。
「食らえっ!」
男の腹に続け様に拳をめり込ませる。男の顔ががくりと下がった。男の右腕を離した安城は、その顔面に強烈なパンチを見舞った。鼻の骨が砕ける鈍い音がし、男はよろめきながら階段の方へ後じさりした。
「地獄に落ちろ! クソ野郎!」
もう一度、安城のパンチが男の顔にめり込む。男の体は吹っ飛び、そのまま階段を転げ落ちていった。
「弘一さん!」
荒い息を吐きながら振り向いた安城の胸に、さゆりが飛び込んで来た。
「さゆり、大丈夫か? 怪我は無いか?」
さゆりの華奢な体を抱きしめながら、安城は優しくささやいた。
「大丈夫。…でも、怖かった。…でも、きっと来てくれると…」
安城の胸に顔を埋めたまま、さゆりは啜り泣きを始めた。
「約束したじゃないか。おまえを守るって」
「うん」
さゆりは、コクリと頷くと顔を上げた。涙を一杯に溜めた目で安城の顔を見つめ、ニッコリと笑う。
「さゆり」
「弘一さん」
抱き合う二人の姿を、窓に打ちつけられた板の隙間から差し込む日の光が、スポットライトのように照らした。
怒鳴り合う声が階上から響き、続いて誰かが誰かを一方的に殴りつける音が聞こえた。
一方的な殴り合いは、ものの二十秒も経たぬ内に終わり、腕に水色の布を巻いた男が階段から転がり落ちてきた。階段の下まで落ちて漸く静止した時、男の息は既に絶えており、その頭は奇妙な角度に曲っていた。
二階からさゆりの声が聞えた。声はすぐにくぐもった啜り泣きに変わり、やがて静かになった。
「かくして、お姫さまは王子さまに救われ、二人は末永く幸せに暮らしましたとさ…。めでたし、めでたし」
嬉しげに呟いた草加は、腕に込めていた力を抜いた。白目を剥いた男の体が床に崩れ落ちていく。
「それにしても、だ。安城少尉は可愛いさゆりちゃんを抱きしめ、俺は薄汚い野郎を抱きしめる、か? 世の中、不公平だな」
ブツブツ言いながらタバコを咥えていた男の死体に近寄った草加は、額に突き刺さった軍用ナイフを引き抜いた。刃に付いた血を、死体の軍服の裾で丹念に拭う。
「大分、刃こぼれしたなあ。山尾さんが良い砥石を持ってたはずだ。今度、使わせてもらおう。でも、料理用の包丁を研ぐ砥石で人殺し用のナイフを研いだら、さぞや怒るだろうなあ」
クスリと笑う。二階は静かなままだ。
「二人だけの世界に入り込んじまったのか? しょうがないなあ」
苦笑しながらナイフを鞘に収め、タバコを咥えていた男のポケットを探ってタバコの袋を取り出す。
「まあ、感激の再会を邪魔しては悪い。この袋の中のタバコが全部無くなるまで待つとするか」
袋の中には、まだ数本のタバコが残っていた。
以下次号
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