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カウンターを見る限り、読んでる人いないな~。
第4章は、これで終りです。
蒼い水 作 FKRG
第4章 包囲9
日没から降り続いていた雨は漸く上がった。だが、空は依然として黒い雲に覆われており、月の輝きも星の光りも届かない地上は漆黒の闇に包まれたままだ。神白城址も、そして城址の東側を掠めて南北に流れる神白川の川面も、闇の中に溶け込んで見えない。
城址東側の丘…本丸跡と呼ばれる丘の頂上部南端には、コンクリート二階建ての神白歴史資料館が建っている。神白城址を守るKCD E中隊は、そこを本部としていた。
その資料館の二階、展望室から張り出したベランダに立ったE中隊中隊長 倉沢寛治少尉は、構えた双眼鏡を南へ向けていた。
神白川西岸堤防上を走る県道19号線には、夥しい数の松明の炎が赤い帯となって連なっていた。その炎の帯…蒼い水主力部隊は、神白城址を目指してゆっくりと北上して来る。
県道は、城址の手前二百メートルの辺りで大きく北西にカーブして神白川から離れ、城址を形成する二つの丘の間を通って神白市街地へと伸びている。炎の帯の先頭は、そのカーブの手前まで迫っていた。
蒼い水の意図は明白だ。神白城址を落とすか、或いは一部の兵で包囲しておいてから、神白市街地に侵入する積りなのだ。
「中々幻想的な眺めだな。遠村よ」
ゆっくりと、だが着実に近づいて来る炎の帯を眺めながら、倉沢はおよそ緊張感の無い声で言った。
「確かに幻想的な眺めですが、あれが全て敵だと思うとぞっとしますね。ざっと数えても二千以上いる」
倉沢の隣に立ったC中隊中隊長 遠村誠少尉が、うそ寒そうに首をすくめた。
「一つの松明を兵士一人と数えれば、な。だが、実際はもっと少ない」
「え!? じゃあ、あの松明は?」
「戦力を過大に見せる為によくやる手だ。一人が何本も松明を持ってるのさ」
「でも、その逆もあるかもしれませんよ。実は数千人もいるとか…」
「それは無い。奴らは、出来たら戦わずに我々を降伏させたいと考えているはずだ。多く見せこそすれ、少なく見せるはずが無い。脅してるんだよ。こっちには、これだけの兵力が有るぞ。降伏するなら今の内だ、とな」
「なるほど」
「松明の動きを良く見ろ。先頭を進んでいる松明の動きは不規則だ。急に停まったり、左右に動いたり。啓開部隊だ。道路上にトラップが無いかを確認しながら進むから、ああいう動きになる。注目すべきは後続する群れだ。ヤケに規則正しく松明が動いているだろう?」
遠村は、松明の動きをじっと見つめた。
「本当ですね。四,五本を一組として見ると、その一組ずつが同じ様に揺れている」
「つまりは、そう言う事だ。大雑把に数えて、あの炎の帯の中にいる敵兵力は、多くても八百というところだろう」
「そうか。それなら何とかなるのでは…」
安堵の声を漏らす遠村を、倉沢はそっとたしなめた。
「そうは甘くないぞ、敵は、まだ他にいる」
「え? 何処にですか?」
「あの中さ」
倉沢は、城址周辺を包む闇に向かって顎をしゃくった。闇の下には、背丈ほどの高さの雑草が生い茂る荒れ野が広がっている。WW3末期からこちら、耕す者も無く放置されたままの田圃だ。荒れ野と化した田圃は、神白川が流れる東側を除く三方から神白城址を取り囲んでいる。
「奴らは、A,D二個中隊を牽制する為だけに八百の兵を動かしているんだ。主力部隊が八百のはずが無い。それに、俺たちが降伏せずに抵抗すれば、攻撃するしかなかろう? こちらの兵力は三百ほどだが、ここは一種の要塞だ。八百やそこらの兵力で落とせるとは敵も思っていないだろう。別働隊が必ず居るはずだ。そう、少なくともあと八百は居るに違いない。そいつらは今、この城址を取り巻く荒れ野の中を移動している最中なのさ。三方向から一斉に攻め寄せる為に、な」
「でも、倉沢さん。荒れ野の中を移動している別働隊が、我々を無視して神白市街地に向かったらどうします? ここと市街地の間には、南鳥井橋を守る親衛第二中隊の一部…四十名ほどしか居ないんですよ。蹴散らされてしまうのは目に見えている。奴らが街に攻め込むのを、指を咥えて見ているんですか? ・・・ああ、だけど、ここから出て追撃すれば、県道上を進んで来るあの部隊が背後から襲って来て、我々は前後から挟撃されるのか…」
「心配するな。奴らは俺達を…この神白城址を攻撃してくる。いや、攻撃させてやる」
途方に暮れる遠村に、倉沢は不敵な笑いを浮かべて見せた。
「えっ!? どうやって」
「挑発してやるのさ。俺達を皆殺しにしなければ気が済まぬほどに奴らを怒らせ、ここを攻めるよう仕向ける。夢中になって俺達を攻めている奴らの背後を、A、D両中隊が衝く。城址の内と外から挟撃するんだ。その時間を稼ぐ為に、ここの守備兵力を増やす必要があった」
「だから、私の中隊を守川町から退かせたんですか? それが本部の作戦なんですね」
「いや、違う」
「違う?」
「A、C、D、E中隊は、それぞれの守備拠点を死守し、敵を食い止める。そして、北川のB中隊と親衛中隊の一部を以って、停滞した敵を各個撃破する。それが本部の…梨村が立てた作戦だ。現状を全く無視した、典型的な机上の作戦だな」
倉沢は、皮肉っぽい口調で言った。
「じゃあ、私の中隊の後退と、A,D中隊との挟撃作戦は?」
「今朝の幹部会議の後、楠木少尉と真宮少尉、そして俺の三人で打ち合わせておいた作戦だ。おまえが寄越した情報…C中隊情報が正しかった場合に備えて、な」
そう言うと倉沢は、折り畳んだ書類を遠村に差し出した。
「ダムに向かう直前、安城が俺宛に寄越した文書の写しだ。読んでみろ」
渡された書類に素早く視線を走らせた遠村は、呻き声を漏らした。
「内通者? KCDの幹部に内通者が居る?!」
「その文書の内容を知っている者は、作成した本人である安城と俺と真宮と楠木さん。そして、おまえで五人目だ。だが実のところ、それを書いた安城も、読んだ俺達も半信半疑だった。しかし今日の午後、あの声を聞いた時、俺は確信した」
「あの声、と言うと?」
「風力発電所を襲撃したバンディッツと本部通信班との交信を、俺は偶然聞いていた。その時の、バンディッツの声だ。あの声、そしてちょっと気取った言い回し。聞き覚えがある。黒畑…黒畑芳正、間違い無い。あいつだ」
「黒畑芳正?」
「軍務経験が有るとは言え、おまえは燃料備蓄庫守備隊では無かったから、知らないのも無理は無い。黒畑は、川村中尉が連れてきた部下の一人だ。“大攻勢”の時、東南アジアで特殊部隊を率いて暴れまわった男。戦闘に関してはプロ中のプロだ。だが、何時の間にか神白から姿を消した。川村中尉と反りが合わなくなった訳でも、バンディッツとの攻防戦に嫌気がさした風にも見えなかったんだが…」
「その黒畑が、戻って来たんですね? 神白を守る為ではなく、襲う為に」
「そうだ。奴の声を聞いた時、俺は確信した。内通者は確かに居る。そいつは、部隊配置は勿論、各中隊の内情まで熟知している。いや、それどころか、KCDの運営そのものに直接タッチしている」
「誰なんですか? 内通者は?」
「確証は無い。だが、内通者は…」
その名を倉沢が口にしかけた時、背後からノイズ混じりの声が聞こえた。
「神白市長、応答せよ。こちらは、蒼い水」
その声は、展望室内のテーブルに置かれた無線機から流れ出ていた。
「今更、何を? …そうか、降伏勧告か…。戦わずして神白を手に入れようという積りだな? だが、お前らの計画通りに事は運ばせない」
懊悩する島崎市長と、その傍でほくそえんでいるであろう男の顔を思い浮かべながら、倉沢は唇を噛み締めた。
炎の帯は、二つに分かれ停止していた。一つの帯は西ノ丸跡正面に対峙し、もう一つの帯は倉沢達の居る本丸跡に対峙している。
*
「判った。三十分後に回答する。そちらからコールしてくれ。オーバー」
KCD参謀 梨村満少尉は、硬い表情のまま通話ボタンから指を離した。
神白市庁舎二階の会議室は、重苦しい雰囲気に包まれていた。バンディッツ集団蒼い水が、降伏勧告をしてきたのだ。“降伏しなければ市民を皆殺しにし、街を徹底的に破壊する。タイムリミットは三十分”と…。
「川村中尉、なぜ、こんな事になったのだ?」
島崎は、テーブルの向かい側に座る川村を睨みつけた。
「想定していた状況を遥かに超える最悪のものです。完全にしてやられました」
「各中隊は今、どこで何をしているのだ?」
冷静な口調で答えた川村に、島崎は苛立たしげに問い重ねた。
「…」
無言のまま川村は、梨村に向かって顎をしゃくった。
「私が説明いたします」
立ち上がった梨村は、会議室の壁際に置かれたホワイトボードに歩み寄った。
簡略化された神白市の地図が描かれたそのボード上には、KCD各中隊を表わす赤色の小さなプレートが貼り付けられていた。
「市街地西郊の守備に就いていたA中隊は、“中隊本部を放棄する”という報告を一時間前に寄越して以来連絡を絶っており、消息は不明です。全滅した可能性も有ります」
梨村は、国道16号線上に貼り付けられていたAのプレートを外した。
「市街地東郊を守備するD中隊も、ほぼ同時刻から連絡を絶っています。奥川村ダムのG中隊も、何度コールしても応答がありません。戦って全滅したのか、或いは投降したのか。とにかく、この二個中隊も戦力外と言えるでしょう」
DとGのプレートも外す。地図上には、あと数枚のプレートしか残っていなかった。
「従って、現在掌握している我方の兵力は、大別して二つのグループになります。一つは、神白城址のC、E中隊の三百名。もう一つは、市街地を守る第一、第二親衛中隊、B中隊、基礎訓練中の新兵及び志願した一般市民を合わせた七百五十名」
言葉を切った梨村は、青色のマーカーを取り上げた。それを使い、地図上の神白城址を囲む。
「だが、神白城址のC,E中隊は現在、蒼い水主力部隊…倉沢少尉の見積りでは、少なくとも千六百…に包囲されている状態です。これから先は私の推測ですが、敵は一部の兵力…おそらく六百程度を城址に張り付けて、城址守備隊を封じ込めるでしょう。そして残り千の兵が南から、さらにA,D中隊に対峙していた別働隊が東と西から…。合計千八百近い兵力で、三方向から一斉に市街地に攻め込んで来ると思われます。迎え撃つのは、市街地を守る七百五十名だけで、しかもその半数は正規部隊ではない。これでは、敵を撃退することは困難です。首尾よく撃退することが出来ても、多くの市民が死傷し街は灰燼に帰すでしょう。我々に残された選択肢は…」
「もう、いい。判った」
右手を突き出す様にして梨村を制すると、島崎は目を閉じて溜息を漏らした。
神白市長に選出されてからの八年間の出来事が、走馬灯のように脳裏を去来した。それに重なって市民達の顔が、そしてKCD兵士達の顔が、浮かんでは消えて行く。
(KCDを創設して以来、何人の兵士が死んだ事だろう。彼らは街を守るために、そして仲間を守るために勇敢に戦い、死んでいった。私を信じ、私の指示に従って…。今、降伏を選ぶ事は、彼らを裏切る事になるだろう。だが、徹底交戦を選択すれば、多くの住民が犠牲になる。バンディッツの足元にひれ伏して和を乞い、街と住民を救うのが為政者としての務めではないのか? その結果、裏切り者、卑怯者と蔑まれようとも私は構わない。だが、しかし…。選択肢は降伏しかないのか?)
自問自答を続ける島崎の顔には脂汗が浮かび、その表情は苦悶に満ちていた。
そんな島崎を、川村は冷ややかな面持ちで見守っていた。
(島崎は、もう少しで決断する。蒼い水に降伏する事を…。そしてそれは、俺が神白の主になるという事を意味する。安心するがいい、島崎。おまえの愛する神白の住民達は、俺が守る。俺のやり方で…。さあ、決断しろ。早く…)
*
雨雲は東に去った。月はないが、無数の星が白く瞬いている。
「そろそろかな?」
倉沢が腕時計の文字盤を睨んだ時、地鳴りを思わす低く太い声がスピーカーから流れ出た。
「神白市長に告ぐ。俺は蒼い水総帥 如月正一。降伏勧告の回答を聞く時間が来た。応答せよ。オーバー」
もしゴリラが人の言葉を喋ればこんな風に聞こえるのではないか、と思えるような声だ。冷酷非情、人の命を虫けらのように扱う。そんな男の声。
「クソ野郎が、目にものを見せてやる」
如月からの送信が終わると同時に、倉沢はマイクの送話スイッチを押した。
「バンディッツのクソ野郎ども、よく聞け。俺は、KCD神白城址守備隊隊長 倉沢寛治だ。俺の目が黒いうちは、おまえらのようなクソ野郎どもを神白の街に一歩も入れはしない。おまえ達に降伏するくらいなら死んだ方がまだマシだ。おまえ達がドブネズミの様にコソコソと俺の陣地の周りをうろついていることなど、とっくにお見通しだ。ドブネズミがどういう末路を辿るか。今、教えてやる」
「なに? どういう意味だ?」
送話スイッチから指を離した途端、スピーカーの向こうから狼狽した如月の声が流れた。
「こういう意味さ。クソ野郎」
低く呟いた倉沢は、右手に握り締めていた小さなスイッチを押した。
スイッチから伸びたワイヤーはデスクに置かれた発信機に電気信号を送り、その電気信号を受けた発信機は、ある周波数の信号を資料館の屋根に設置された無指向性アンテナに送った。
アンテナから放たれた電波に同調して、城址を取り巻く荒れ野のあちこちで、ごく小さな赤い光が点滅を始めた。その光の数は、ちょうど二十個あった。
守川町を出発してから三時間近くを費やして、蒼い水主力部隊は神白城址周辺に広がる荒れ野に展開し終わっていた。
本丸跡北方に第三突撃隊、西ノ丸跡北方には第二突撃隊が潜んでおり、更に西ノ丸跡南方には第一突撃隊が、本丸跡南方には総帥直属の本隊が赤々と燃える松明を掲げて展開している。
「う~、寒い。全く、上の奴らは何を考えてるんだ。降伏勧告なんてせずに、さっさと街に攻め込んじまえば良いんだ」
背丈ほどもある雑草の中にしゃがみこんだ蒼い水第三突撃隊 第二中隊に所属する青山一志は、神白城址の所々に光る照明灯の明りを眺めながら毒づいた。
降りしきる雨に打たれ、真っ暗な荒地の中を全身泥だらけになって這いずってきた体は、寒さと疲れで悲鳴を上げている。
「まあ、もう少しの辛抱だ。奴らが降伏しようが刃向かおうが、どちらにせよ、明日には神白の街は俺達の物だ。食い物も酒も、そして女も、な」
青山の左隣にしゃがみ込んでいた兵士が、下卑た笑いを浮かべながらささやいた。
「俺は、どちらかと言えば刃向かってくれた方が嬉しいぜ。今まで泥の中を這いずってきた鬱憤晴らしに、何人か叩き殺さなきゃ気が済まねえ」
青山は、ニヤリと残忍な笑いを浮かべた。
「ああ、その通りだ。大人しく降伏されたら、ドサクサ紛れに女を犯す事も出来やしないからなあ」
それまで黙っていた右隣の男が、クックッと気味の悪い笑い声を漏らした。
「違いない」
醜悪な笑いを浮かべて同意した青山だったが、不意に背後に何かを感じて振り向いた。
数メーターほど先の崩れかけた畦道の傍らに、円筒形の缶が顔を覗かせているのが見えた。小さな赤い光が、缶の側面で点滅している。
「おい、あれは何だ?」
青山が左隣の男の肩を掴んだ時、光が消えた。
その数瞬後、青山とその両隣にいた男達の体は、轟音と共に四散していた。
神白城址を取り巻く荒れ野のあちこちで、閃光がきらめくと同時に赤黒い火柱が立ち昇った。東方を除く城址の三方に仕掛けられていた四リットル爆弾二十発が、一斉に爆発したのだ。
城址西方で爆発した爆弾は、無人の野に空しく泥を撒き散らしただけだったが、北方と南方に仕掛けられていた爆弾は、二百名近い兵士の体を吹き飛ばした。
「クソッタレ! コケにしやがって!」
如月は、手にしていた無線機のマイクを地面に叩きつけた。
「そんなに死にたいのか? いいだろう。望み通り、皆殺しにしてやる!」
星の瞬きを掻き消す様に立ち昇る黒煙を睨みつけ、怒りに顔を歪ませて吠えたてる。
「各隊に態勢を立て直すよう命令しろ。三十分以内にだ! 三十分後に、神白城址を総攻撃する」
渋沢が慌てて制止の声をあげた。
「お待ち下さい。これは倉沢の独断による挑発です。乗ってはなりません。作戦通りに一部の兵力で城址を牽制しておき、主力部隊は神白市街地に突入させて…」
「黙れ! 俺をコケにした奴がどうなるか、教えてやるんだ」
如月は、ジープの座席に立てかけてあったショットガンを引っ掴むと、頭上に高々と掲げた。
「こいつでな!」
石器時代の勇者を彷彿とさせる如月を見て、渋沢は沈黙するしかなかった。そしてその代わりに、心の中で自問自答を繰り返した。
(川村さん。あなたの部下達は、あなたの命令に逆らってばかりいる。なぜだ? 守川町を死守するはずのC中隊は、爆弾を置土産にしてさっさと神白城址に退いてしまった。そして今、神白城址守備隊長の倉沢は、独断で我々を挑発してきた。このままでは、計画そのものが挫折する可能性がある)
本来なら落ちるはずの無い方向に岩が転げ落ちて行く。何処かでコースを修正しなければならない。
だが、何処で、どうやって変えるのか? 答えは、すぐには出なかった。
*
「蒼い水は応答しません。交渉は決裂です」
ヘッドフォンを外した梨村が、呆然とした声で報告した。
「バカな! 倉沢は何を考えているのだ。気でも狂ったのか?」
押し殺すような声で言った川村の顔は、蒼ざめていた。
「いや、これで良かったのだ」
島崎が静かな声で、しかしはっきりと言った。その顔からは、先ほどまでの苦悶に満ちた表情は消えている。
「倉沢少尉の言葉が正しい。バンディッツに膝を屈するくらいなら死んだ方がまだマシだ。市民達もそう思っているだろう」
島崎は、ゆっくりと立ち上がった。
「川村中尉。KCD司令官として命令する。最後の一人になるまで戦うのだ」
確固たる口調で命じた島崎の目には、一点の迷いも無かった。
「はっ! 承知しました。司令官」
慌てて立ち上がって敬礼する川村と梨村に向かって、島崎は相変わらずぎこちない答礼をした。そして、ニコリと微笑んだ。
「無論、私も銃を執る。もっとも、引き金を引いても当たるかどうか判らんがね。・・・では、私は市長室に戻る。仕事が残っているのでね」
「どうします? 川村さん」
島崎の足音が遠ざかると、梨村は途方に暮れた視線を川村に向けた。
「どうもこうもあるまい。司令官閣下の御命令通りに徹底抗戦するまでだ」
川村は、薄笑いを浮かべながらイスに座り直した。ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
「城址に篭っているとは言え、C,E両中隊を合わせても兵力は三百。武器も小銃と手榴弾、軽機関銃と迫撃砲くらいな物だ。対して蒼い水主力部隊の兵力は、今の爆発で失った数を差し引いても千を軽く超えるだろう。それに、装甲車も持っているはずだったな? 城址が落ちるのは確実だ。いずれは倉沢も始末する予定だったのだからな。戦死してしまえばその手間が省けると言うものだ。そうだろう? 梨村」
「はあ、しかし…」
その時、インターホンが鳴った。
ハンドセットを取り上げた梨村の表情が、訝しげなものに変わった。
「どうした?」
「A中隊の一部が戻ってきたそうです。楠木少尉の死体と負傷者を車に載せて」
「一部? では、残りは?」
「百名ほどが神白城址に向かったそうです。鳥越みゆき上級兵が指揮を執って…」
川村の表情が凍りついた様に強張った。
「しまった!」
「え?」
「判らんのか? ヤツが…倉沢が、あれだけの大見得を切れた理由が!」
短くなったタバコを灰皿の上で押し潰した川村は、苛立たし気に叫んだ。
「おそらくは今朝の会議の後に、真宮と楠木と打ち合わせたに違いない。C中隊からの情報通りにバンディッツが動いたら、本部の…俺達の命令を無視してでも神白城址に集結するようにと…。C中隊が戦わずに神白城址に後退したのも、倉沢の差し金に違いない」
「では、A、D両中隊が連絡を断ったのは、故意にだと?」
「他にどう考える? A中隊の鳥越がどの程度事情を知っているかは判らんが、彼女は楠木を父親のように慕っていたと聞く。楠木の仇を討つ為に、まっしぐらに神白城址に向かっているに違いない。真宮は言うまでも無い。今頃は、神白城址の近くまで来ている頃だろう」
「…」
狼狽の色を浮かべて、梨村は絶句した。
「蒼い水の主力部隊が神白城址にだけ目を向けていれば、A、D中隊によって背後を衝かれることになる。下手をすれば、大混乱に陥った挙句に潰走する可能性すらある。こうなれば決着を急がねばならん。浅井と大村に連絡しろ。東西遊撃隊を直ちに動かして市街地に攻め込ませるのだ。竹田に命じて、北鳥井橋、南鳥井橋、神子橋を守備している親衛中隊を後退させ、北川のB中隊と合流させろ。そして、北川にはこう命じろ。“東西遊撃隊に抵抗するな”と」
「渋沢さんには?」
「奴は蒼い水の参謀だ。すぐ傍には、如月や他の幹部が居る。どうやって連絡を取ると言うのだ? 奴は奴で、何とかするさ。とにかく、浅井と大村に連絡しろ。急げ!」
「は、はい」
無線機にしがみつく梨村を横目で見ながら、川村は新しいタバコに火をつけた。
「作戦に齟齬は付き物だ。経過はともかく、要は目的を達すれば良いのだ。まだ、やれる。俺は、諦めはしない」
タバコの味は、ひどくいがらっぽかった。
以下次号