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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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蒼い水 第4章 包囲 5 アップします。
これが本年最後のアップです。

蒼い水               作 FKRG

 

第4章 包囲5 

 

状況説明が終わった頃合を見計らって、晴美とさゆりはテーブルにポットとカップを運んだ。晴美はそのまま秋川の隣に腰を下ろし、さゆりも安城の隣に座る。

「う~ん、旨い。吉野が入れて呉れる茶は極上だ。おまえ達を監禁して以来、機嫌が悪くてな。茶も入れてくれないんだ。お蔭で俺は、自分で茶を淹れてた。ところが、ちっとも旨くないんだ。これが」

カップに満たされた茶を啜りながら、秋川は淋しげに言った。

「ふんっ、何を言ってるんだか…。私の職務は、あんたのお茶汲み係じゃないのよ」

「いや、つまり、俺が言いたいのは、そういう意味じゃ無くて」

「じゃあ、どういう意味よ?」

「いや、どういう意味かと聞かれても…」

 秋川は、熊のような巨躯を縮こまらせて絶句してしまった。

「現在の状況は判った。…で、秋川、おまえはどうする気だ? バンディッツが神白を占領するのを、ここで見ている気か?」

 問い質した安城の声と表情に、部屋に入ってきた時の険悪さは残っていなかった。最新の情報を知った事によって一応の安心感を持つことが出来たからだが、それに加えて、晴美と秋川のまるで掛け合い漫才のような会話に、尖りきっていた心が和らげられた事も一因だった。

「神白はバンディッツの物にはならない。…あの人が、そう言った」

「あの人? 一体、誰の事だ?」

「それは…」

 ためらいの色を顔に浮かべて俯いた秋川だったが、それはほんの僅かの時間だった。意を決したように顔を上げると、小さいがハッキリした声で答えた。

「川村中尉だ」

「川村中尉?!」

「そう、川村中尉だ。三ヶ月ほど前、俺がこのダムに移る直前に面会に来た。二人きりで話したい、と言ってな。その時、中尉は言った。“およそ三ヵ月後、強力なバンディッツ集団が神白を襲撃するだろう。だが、俺には彼らを懐柔する手立てと自信がある。僅かな犠牲は出るだろうが、必ず傘下に収めてみせる。そうなれば、神白を襲おうとする者は居なくなり、おまえも戦わなくても済む。だから、俺が帰って来いと言うまでダムから出るな”と」

「本当か? 本当に川村中尉は、そう言ったのか?」

安城は射るような目で秋川を睨みつけた。

「本当だ。嘘を言っても仕方がない」

「バンディッツの大攻勢を、川村中尉は三ヶ月も前から予見していたと言うのか? すると、すると…。内通者は、川村中尉だったのか…」

 絞り出すような声でそう言った安城は、ガクリと肩を落とした。

「内通者? いったい何のことなの? 安城さん」

 晴美の質問に、安城はすぐには答えなかった。

 一分も、沈黙していただろうか。ようやく口を開いた安城の顔色は、絶望と怒りで紙のように白くなっていた。

「五日前、桜のF中隊は極端な戦力分散の陣形をとっていた。その陣形は、参謀の梨村が立案したものだ。桜は反発したが、川村中尉の命令により、渋々ながらその案を受け入れた。結果は知っての通りだ。F中隊は全滅し、桜も死んだ。俺は戦闘の跡をつぶさに調査した。そして判ったことは、敵が・・・つまり蒼い水がF中隊の戦力分散を前もって知っていたとしか思えない、ということだ。俺はそれ以来、“KCDの幹部かそれに近い立場の者が、バンディッツに内通しているのではないか?”という疑念を抱くようになった。そして、それは正解だった訳だ。しかも最悪の形で…。KCDの実質的な指導者である川村中尉その人が内通者であり、敵に情報を流していたんだ」

「じゃあ、今までの蒼い水の行動は全て…」

「川村中尉が流した情報…KCD各部隊の配置とその実質的戦力を念頭において行動しているのだ。だからこそ、正規部隊であるA、D中隊が守る自動車学校跡とホテル跡は包囲牽制しているだけなのに、新兵だけで守っていた風力発電所は真っ向から攻撃した。守川町にしてもそうだ。経験の浅い遠村が指揮官であると知っていたからこそ攻撃を仕掛けた。もし、遠村が本部からの指示通りに守川町を守っていれば、C中隊は今頃…」

 そこまで言って、安城は口をつぐんだ。

(本部命令に従わないとは、軍律を重んじる遠村らしくない。誰かがアドバイスしたのだろう。そんな大胆なアドバイスを遠村に受け入れさせる事が出来る人物と言えば?)

「倉沢さん…か」

 その名前を口にした途端、心の中を覆っていた絶望感が僅かながら薄れていくのを安城は感じた。

(あの文書を倉沢さんに託して正解だった。倉沢さんの事だ、他にも何か手を打っているに違いない。…待っててくれ、倉沢さん、遠村。秋川を説得し、必ず応援に駆けつけるから)

 安城は、秋川の顔を真っ直ぐに見つめた。

「川村中尉は、桜を始めとして二百名近い仲間を見殺しに…いや、殺した。そして今なお、それ以上の仲間を殺そうとしている。秋川、オマエはそれを“僅かな犠牲”だと言うのか?」

「桜には…死んだ仲間達には、済まないと思っている。まさか、これだけ犠牲が出るとは、考えてもいなかった。俺は、もっと穏便に…」

「秋川よ」

安城は、押し殺した声で秋川の言葉を遮った。

「秋川よ。この二年の間に、バンディッツの襲撃に遭って何人の・・・いや何百人の仲間が傷つき、そして死んでいった? 神白の住民は皆、バンディッツを心の底から憎んでいる。勿論、俺も同じだ。川村中尉が奴らを傘下に収める? 言い替えれば、バンディッツと共存しろと言う事だ。そんな事を皆が承知するとでも思っているのか?」

「そ、それは…」

 押し黙った秋川に代わって、晴美が口を開いた。

「それは、勿論そうだけど…。じゃあ、どうやって承知させる積りなのかしら。川村中尉は…」

「…」

 安城は再び沈黙した。だが、それは答えに窮したのではなく、考えをまとめる為の沈黙だった。三十秒程の沈黙の後、安城は秋川に視線を向けた。

「守川町を占領した蒼い水の主力部隊は、神白城址に向かいつつあるんだろう?」

「あ、ああ、その通りだ」

「神白城址の兵力は、E,C中隊合わせても三百名そこそこだ。そして、市街地を守る正規部隊はB中隊と親衛第一、第二中隊の四百数十名しかいない。対して、蒼い水の主力部隊は千数百名。五百ほどの兵力を神白城址への抑えとして残しておき、残り千の兵を以って市街地に侵入すればどうなる? 一般市民をも巻き込んだ市街戦になるのは確実だ。そうなれば、最終的な勝敗に関わらず多くの市民が犠牲になるだろう。市民の安全を第一に考える島崎さんの事だ、市街戦が始まる前に…例えば、神白城址が包囲された時点で降伏を勧告されれば、それを受け入れてしまう可能性が高い。降伏してしまえば、それで終わりだ。承知するもしないもない」

「だが、川村中尉はどうやって蒼い水を傘下に収める積りなんだ?」

「“懐柔する手立てと自信がある”と、川村中尉は言ったんだろう?おそらく蒼い水の幹部の中に、川村中尉の息のかかった奴が居るに違いない。蒼い水のボスが誰かは知らないが、神白を自分の手に握ったと思った次の瞬間、そいつは殺されるだろう。蒼い水にもぐりこんでいる川村中尉の手先によって」

「じゃあ、島崎市長はどうなる」

「それは判らない。だが、俺が思うに、川村中尉は政治家を信用していない。いや、ひょっとしたら、自分以外の誰も信用していないのかもしれない」

「なぜ、そう思う?」

「今から、その訳を話す」 

 カップの茶を一口啜った安城は、一言一言、噛みしめるようにして話し始めた。

 

防衛大学を優秀な成績で卒業した川村翔は、当然のように陸上自衛隊に入隊した。WW3が勃発したAD二〇〇五年、陸上防衛軍参謀本部第二作戦課に配属となり、それ以降順調に昇進を重ねていった。

AD二〇〇七年の大攻勢の失敗以降、戦局は悪化の一途を辿った。国土の大半は灰燼と化し、数千万の国民が死んだ。だが、指導者と呼ばれる政治家と主戦派の高級軍人達は、和平の道を探ろうとはしなかった。戦争を始めた責任と、戦争に負けつつある責任を糾弾されることを怖れたのだ。

彼らは、自分達自身の保身の為にのみ無益な戦争を続けているに過ぎなかった。彼らの眼には自国民の生死など映っていなかったのだ。

「これが政治家と高級軍人の正体なのか? 国と国民を守る為に在るべきはずの政府と防衛軍の正体がこれなのか?」 

川村は、指導者達の無能さと主戦派軍人のアナクロニズムに嫌気を感じ、何度も職を辞そうと考えた。だが、代々の軍人の家に生まれ育ち、骨の髄まで叩き込まれてきた軍人精神が、その考えを思い止まらせた。

悶々と思い悩む川村のもとにある日、一人の人物が訪ねてきた。防衛大学時代の先輩であり、今は少壮の政治家となった広野洋一という男だった。

広野は川村に向かって和平論をぶち、そしてクーデター計画を持ちかけた。クーデターによって現在の指導者たちと主戦派軍人を一掃し、和平を目的とした政権を樹立する。満更、絵空事ではなかった。クーデターの参画者として彼が名を挙げた軍人や政治家は、和平派として名の通った大物ばかりだったからだ。そして、なによりも、広野は川村がもっとも敬愛する人物の一人だった。川村は躊躇無くクーデター計画に参画した。

だが、クーデターは未発に終わった。発起の直前、防衛軍内務監察部がクーデター参画者を一斉に検挙したのだ。参画者は全員、軍事裁判にかけられた。

検察側証人席を見た時、川村は我が目を疑った。広野がそこに座っていたからだ。

和平派の大物達の先棒を担いだ広野は、動き回るうちに内務監察部に目をつけられ拘禁された。そして厳しい尋問に耐えかね、自分の命と引換えにクーデター計画の全容を告白し、仲間を売ったのだ。結局の所、彼は真摯に平和を望む人物ではなく、権力の座の片隅に就いて甘い汁を吸う事を望むだけの、ただの利権政治家に過ぎなかったのだ。

広野の証言により窮地に立たされた“和平派の大物”達の醜態ぶりは目を覆うものだった。彼らは互いに罪をなすり合い、責任を転嫁し合った。堂々と和平の利を説き、戦争継続の非を唱える者など一人としていなかった。

「俺は騙されていた。ここにいる“和平派の大物”たち全てに…。そして、あの男に!」

川村は怒りを爆発させた。証言を終え退廷しようとした広野に向かって、「裏切り者!」と怒鳴りながら突進したのだ。川村の拳があと数センチで広野に届こうとした時、衛兵の警棒が振り下ろされた。鮮血で赤く染まった視界の先で、冷笑を浮かべながら広野は去っていった。

クーデターの首謀者達は極刑に処せられた。だが、川村への処分は、中佐から中尉への降等と三ヶ月間の営倉入りという、周囲は勿論のこと、当人さえ驚くほどの軽いものだった。参画者全体から見れば川村は小物に過ぎず、更にはそれほど深く計画に関わっていなかった、というのがその理由だった。

だが、本当の理由は他にあった。法廷での川村の行動が、主戦派軍人たちの心の琴線に触れたのだ。“勝利か死か”という軍事ロマンティシズムに耽溺している彼ら主戦派軍人は、昨日までの仲間を裏切った広野より、自らの命を賭してまで広野に殴り掛かろうとした川村の勇気を評価したのだった。

クーデター未遂事件から三ヶ月後のAD二〇一〇年三月、営倉を出た川村は“首都周辺に跋扈する敵対勢力の駆逐”を任務とする実戦部隊の指揮官に任じられた。

以下次号

 

 

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