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蒼い水 作 FKRG
第4章 包囲7
「やれやれ、文字通りの真っ暗闇だな」
窓越しに外を眺めていた高西が小さく溜息をついた。
神白の街は闇の中に沈んでいた。神子川河口の風力発電所からの送電が停止したために、街灯も住居区画の家々の電灯も消えているのだ。かろうじて灯りがついているのは、自家発電設備を持つ市庁舎などの主要公共施設だけだ。
風力発電所が襲撃され守備隊が全滅した事、バンディッツの先遣部隊がA,D中隊と対峙している事、守川町をバンディッツの主力部隊が占領し、更に北へ…神白城址を目指して進撃している事。
それらの現状説明が一時間ほど前、島崎市長から全市民に伝えられた。そしてただちに、全市民は市庁舎の北にある市民体育館、市民会館、小中学校などの公共施設に避難するよう布告された。
市庁舎南方の居住区画にいるのは、親衛中隊の一部とB中隊、それに参戦を希望した市民からなる混成部隊だけであり、その指揮は北川少尉が執っている。
「おい高西! 月や星を眺めている場合じゃないだろうが。ゴリアテのリモコンのチェックは終わったのか?!」
ミニバンのカーゴスペースに載せたゴリアテをロープで固定していた小森が、怒鳴り声を上げた。
「さっさとしなきゃ、間に合わなくなるぜ」
予備マガジンをバッグに詰め込んでいた西脇も、苛立たしげな声で言う。
「もうチェック済みですよ。それに、月なんか見えやしませんよ。勿論、星もね。空は雲に覆われて真っ暗。今にも降り出しそうな…」
どっと降り出した雨が、高西の声を掻き消した。
「うわっ! 凄い雨だ」
「えっ! なんか言ったか?」
「凄い雨だ、と言ったんだよ!」
「あ、あそこ、雨漏りしてますよ!」
「えっ? アマガエルがなんだって?!」
「雨漏りしてるんだよ! さっさとバケツを持って来い! ったく、なんてボロ屋だ」
市庁舎敷地の片隅に建つKCD技術部の作業場は、元々は倉庫だった建物で、広いだけが唯一の取り得という粗末な代物だ。屋根も壁もトタン張りなので、夏は暑く冬は寒い。強い雨が降ればその雨音の為に声が掻き消され、怒鳴り声を上げなければ会話が出来ない状態になる。
「俺達は戦闘にこそ参加しないが、車両や銃器、無線機やコンピューター、発電所のメンテナンスをすることでKCDを支えている。言わば縁の下の力持ちだ。だから、もう少しマシな建物を使わせろ」
と、リーダー格の小森は何度も上層部に掛け合った。だが、その
たびに・・・。
「夜中だろうが早朝だろうが、お構いなしにエンジンをふかす。屋内で銃をぶっ放す。挙句の果てに、打ち合わせと称して勤務時間中に酒盛りをする。そんな奴らは倉庫で沢山だ」
と、言い逃れが出来ない事実を指摘され、けんもほろろに却下されるのが常だった。
雨脚がやや弱まり、普通に会話が出来るようになると、三人はいつもの押し問答を始めた。
「だいたい小森、オマエが悪い。時間にお構いなくエンジンをふかすんだから。酒盛りにしたってそうだ。俺は一滴も飲めないんだからな。とんだとばっちりだぜ」
「なんだと? おい西脇、あの壁を見ろ。おまえの試射のお蔭で穴だらけじゃないか。試し撃ちしたかったら鳥井川の射場でやれば良いだろうが!」
「二人とも、どっちもどっちですよ。何と言っても一番の被害者は俺なんですからね。パソコンや無線機の修理で騒音なんか出る訳がないのに…。十把ひとからげで一緒にされちゃ堪りませんよ」
「なに言ってやがるっ! 酒盛りの時、一番飲むのはお前だろうが」
「俺じゃないですよ。一番飲むのは福間さ…」
途中まで言いかけて、高西は口を噤んだ。作業場の片隅に視線を向ける。
そこは、パーテーションで四つに区切られており、一区切りごとにデスクや作業台、道具棚などが置かれていた。小森、西脇、福間、高西それぞれの専用ブースだ。
高西の視線は、福間のブースに…いや、福間のブースだった所に注がれていた。ブースの中央に置かれた作業台の上に、タバコの袋と焼酎の瓶が一本、置かれている。
「福間さん、もう酒もタバコもやれないんだ。あんなに好きだったのに…」
高西が、溜息混じりに呟いた。
「ああ、“酒は体を動かすエネルギー、タバコは脳細胞の賦活剤”って、いつも言ってたなあ」
西脇が、暗い声で相槌をうつ。
「仇は取ってやる。バンディッツのクソ野郎どもを皆殺しにしてやるんだ。それが済んだら、タバコと酒をアイツの墓に供えてやろう。たっぷりとな」
しんみりした声で、小森が言った。
彼ら三人は福間の仇を討つ準備をしているのだった。主要な武器は、“売りそこなった”ゴリアテ二台と四リットル爆弾が数発。
「ところで小森さん。仇討ちは良いけど、どっちへ行くんです? 西、東、それとも南ですか?」
「東だ。福間は、ここから見て東の風力発電所で死んだ。つまり、あいつを殺した奴らは東にいるってことだ。ゆえに当然、東から侵入して来るに違いない。適当な場所で待ち伏せして、ゴリアテを使ってそいつらを吹っ飛ばす。良い供養になるだろう?」
およそ理系らしからぬ論法で、しかし自信満々の口調で小森は言い切った。
「それは良いけど…」
「なんだよ西脇。俺の判断に文句があるのか?」
「俺達三人だけじゃ、なんぼなんでも頭数が足りないだろう」
「ああ、それなら心配ない。炊事班のボスに助っ人を頼んどいた。もうそろそろ来る頃だ。子分である炊事兵を引き連れてな」
「炊事班のボスって、長谷山“元”上級兵ですか?」
「ああ、長谷山だよ。北川に反抗して、上級兵から初級兵に降等された長谷山正治さ」
西脇がげっそりした表情を浮かべた。
「やれやれ。戦闘が始まると邪魔者扱いの技術部と炊事班による“独立遊撃隊”結成という所か?」
「ま、そんな所だ」
「仇討ち、独立遊撃隊、か。福間さんがここにいたら、なんと言うかな?」
ミニバンに積み込んだゴリアテを見つめながら、高西は太い溜息をついた。
*
「産む気なのか?」
竹田浩介の顔には、戸惑いの色が浮かんでいた。
「産みたいわ。アナタの子だもの」
ひとみは、毅然とした口調で答えた。
「こんな時代に、育てられると思っているのか?」
「育てられるわ。ここなら・・・この街でなら。ここの人達は皆、良い人ばかり。お互いが助け合い、励まし合って生きている。街の住民が一つの家族みたいに寄り添って生きている。ここでなら育てられる。浩介さんは、そう思わないの?」
「…」
答えずに、竹田はひとみから視線を外した。ポケットからタバコを取り出し、火をつける。
(子供? 家族?)
天井を見上げて溜息をついた。溜息と共に吐き出された煙がユラユラと立ち昇って行く。
竹田の両親は、彼が幼い頃、不慮の事故で死亡した。親戚をタライ回しにされた挙句に施設に預けられ、家庭の暖かさを知らぬまま少年時代を過ごした竹田は、奨学金を得て大学に通うようになる頃には、何処か影のある青年になっていた。
そんな竹田の周りには、常に何人もの女達が群がっていた。同年以下の女は彼の端正な顔立ちに惹かれ、年上の女はそれに加えて母性本能を刺激されたのだ。だが、彼女達が注いでくれる愛も、苦労して入った大学での日々も、心の中の空虚を埋めることは出来なかった。
「俺は何の為に生まれ、何の為に生きているのか?」
そう自分に問い続けながら、しかし、これといった目的も見出せぬまま竹田は日々を過ごした。そして、WW3が勃発した時、大学を中退し防衛軍に入隊した。大学を出たところで、孤児である彼をまともな企業が雇ってくれるとは思えなかったからだ。或いは、軍隊が何らかの目的を自分に与えてくれる事を期待したのかもしれない。
海外派兵に参加した竹田は、前線で負傷し後送された。傷が癒えると防衛軍参謀本部付きとなり、当時まだ中佐だった川村の護衛兵となった。そして、川村の軍人としての信念を持った生き方や考えに触れ、次第に私淑するようになっていった。
クーデター発覚によって中尉に降等された川村が前線部隊への転出を命ぜられた時、竹田は躊躇無くついて行く道を選んだ。
「俺について来ても、野垂れ死ぬのがオチだぞ」
苦笑いする川村に、竹田も笑って答えた。
「自分は川村中尉の護衛兵ですから、何処までも御一緒します」
各地を転戦した末に神白市に辿りつき、以来二年近く。
KCDの一員となり、親衛中隊を率いて敬愛する川村を守る日々。そして心身ともに疲れた時には、ひとみの胸に抱かれて安らぎの時を過ごす。物心ついて以来、求め続けていた生き甲斐と安らぎを、ようやくこの神白で見つけることができたのだ。
(俺の子供…)
川村の計画を知っていなければ、或いは、それに加わっていなければ、手放しで喜んだ事だろう。だが、川村の野望に満ちた計画と、ひとみが望む安らぎに満ちた日々とは相容れないものだ。どちらかを撰び、どちらかを捨てねばならない事に、竹田は今さらながら気づき逡巡していた。
(俺は、どちらを選べば良いのだ?)
「子供のことは、騒ぎが収まってからにしよう。今はとにかく、バンディッツを撃退する事が先決だ」
ひとみから目をそらしたまま、そう言った。チクリと心が痛む。
(撃退する? 俺は今、バンディッツを街に引き込もうとしているんだぞ…)
「そうね、それからよね。ごめんなさい。こんな時に子供の事なんか言って…。でも、浩介さんには少しでも早く伝えたかったの」
そう言うとひとみは、竹田に抱きついてきた。
「たった一年しか暮らしていないけど、私はこの街と、この街に住む人たちが好き。浩介さんと子供と三人で、この街でずっと暮らしたい」
竹田の胸に顔を埋め、くぐもった声でささやく。
「…」
無言のまま竹田は、ひとみの背中に両腕を廻して抱きしめた。柔らかく暖かい肌の感触が、ごわごわした戦闘服の布地越しに伝わってくる。
(俺は、ひとみの好きな街を破壊し、好きな人達を殺そうとしている。どうすれば良い? どうすれば? 時間が、このまま止まってくれれば、この答えの出せない問題を永遠に先送りできるのに)
ひとみを抱きしめたまま、壁に掛かった時計を見上げた。
時計の針は、しかし動き続けている。束の間の休憩時間は終わり、職務に戻る時間が近づいていた。
以下次号