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ま、なんつ~か。
カウンターなんぞ付けなきゃ良かった、と、しみじみ思う今日この頃です。
蒼い水 作 FKRG
第5章 激闘 2
コンクリート防壁の蔭に身を伏せた勝部は、装甲車から吹き上がる炎をボンヤリと眺めていた。
「装甲車は片付いたか。・・・だが、状況はあまり好転しそうもないな。なあ、柿村」
返事は無かった。
「おい柿村、なんとか言え…」
柿村は、うつ伏せに倒れていた。背中が血で染まっている。身動き一つしない。
「ちっ」
舌打ちした勝部は、腰のホルスターから拳銃を引き抜いた。
C中隊第一小隊は、勝部一人を残して全滅していた。迫撃砲弾も小銃弾も全て使い果たしている。
総攻撃第二波が始まって数分も経たぬうちに、北門を守っていたE中隊 第二小隊は全滅した。西ノ丸側のコンクリート防壁から軽機関銃を撃ちまくっていたE中隊 第三小隊も、迫撃砲弾と小銃弾の嵐に襲われ沈黙した。今や、果敢に抵抗しているのは坂道の上…本丸跡頂上部北側に陣取る部隊だけだ。だが、その抵抗も分刻みで弱まっている。
それに対して、蒼い水の銃砲撃は激しさを増すばかりだった。“A中隊とD中隊が救援に来る”と倉沢少尉は言っていたが、その気配は全く無い。中隊本部が置かれた資料館が敵に包囲されるのも、時間の問題だろう。
「無駄死には止めて、いっそ降伏するか?」
そんな考えが頭の隅を寄切ったその時、甲高い金属音が聞こえた。
「ん?」
数歩先の防壁の縁に、舟の錨のような金具が食い付いていた。金具の端に括りつけられたロープがギシギシと軋んでいる。蒼い水の兵士が、ロープを伝って崖をよじ登ってこようとしているのだ。
やがて、水色の腕章を巻いた腕が防壁の縁を掴んだ。勝部は、構えていた拳銃をホルスターに戻した。
「撃つな。降伏する」
そう言おうと口を開きかけた時、死んだとばかり思っていた柿村が不意に顔を上げた。
「バンディッツの…クソッタレ野郎」
蚊の泣くような声で言ってからガクリと首を落とし、そのまま動かなくなった。
「柿村…」
勝部の脳裏に、死んでいった仲間達の顔が次々に浮かんだ。
(ここで降伏したら、俺はあいつらを裏切ることになる)
そう思った瞬間、勝部は無意識の内に雄叫びを上げていた。
「バンディッツのクソッタレ野郎!」
拳銃を再び引き抜き、敵兵の傍に駆け寄った。驚愕の表情を浮かべる敵兵に銃口を向け、引き金を引く。顔の半分を吹き飛ばされた敵兵は、無言の悲鳴を上げながら崖を転げ落ちていった。
銃を構えたまま崖下を見下ろすと、大の字になって地面に転がった敵兵の周りを、幾つかの影が取り囲んでいるのが見えた。
「くたばれ! クソ野郎ども!」
影に向かって続け様に引き金を引いた。崖下で悲鳴と怒号が湧き上がる。数瞬の後、拳銃のエジェクションポートが開いたままになった。弾が尽きたのだ。
「ち!」
舌打ちした勝部の体に、数発の弾丸が食い込んだ。
「クソッタレ…」
呻き声を漏らした勝部は、ピストルベルトに留めていた手榴弾の安全ピンを引き抜くと同時に、防壁から道路に向かって身を躍らせた。
勝部の体が地面に落ちるのと手榴弾が爆発するのは同時だった。数名の蒼い水の兵士が、その爆発に巻き込まれた。
「湖東の奴、えらく張り切ってやがる。城址奪取の手柄は、どうやらあいつのモノになりそうだな」
蒼い水第三突撃隊隊長 添田は、北門から本丸跡頂上部へ至る坂道で閃く銃砲撃の火炎を眺めながら苦笑した。
「決戦を前にして部下が、それも、よりにもよって中級指揮官が脱走しちまったんですからね。ここで手柄を立てなきゃ湖東さんも立場が有りませんよ。総帥が嫌うのは、第一に“裏切り者”。次が“役立たず”ですから」
背後に立った副長の服部が、薄笑いを浮かべた。
「役立たず、か…」
添田の顔から笑いが消えた。
「服部よ、それは、俺にも当て嵌まる言葉かもしれんな」
苦虫を噛み潰したような表情を浮かべて、添田は振り向いた。
雑草を踏み潰して作られた、五十メートル四方ほどの空き地が広がっている。その空き地で、彼の部下である第三突撃隊の兵士達は、お世辞にも秩序だっているとは言えない光景を繰り広げていた。
銃弾の不足を訴える者、自分が如何に勇敢に戦ったか仲間に自慢する者、呆然と天を仰いでいる者、勝手に飯を食っている者、頭を抱えてしゃがみこんでいる者。
下級、中級指揮官達は、そんな連中をなんとか整列させようと大声で叱咤している。
総攻撃第一波と、その前に起きた仕掛け爆弾の爆発によって半数近い兵員を失った第三突撃隊は、神白城址の北方一キロまで後退して再編成をしている最中だった。意地の悪い言い方をすれば、添田は、戦闘半ばにして戦線を離脱した“役立たず部隊の指揮官”ということになる。
「た、隊長、俺は、そんな意味で言った訳では…」
服部の顔に、狼狽の色がうかんだ。
「安心しろ、服部。城址奪取の功は湖東に譲るが、市街地占拠の功は俺が頂戴する。なにしろ、すぐ目の前の橋を渡ってしまえば、神白市街地まで一直線だ。そして、邪魔する奴は誰もいない」
添田は、闇の中にほの白く浮かんで見える南鳥井橋に向けて顎をしゃくった。
橋には、KCD親衛第二中隊に所属する一個小隊が守備に就いていた筈なのだが、総攻撃が始まる前に撤退してしまっていた。一隊を差し向けて橋の周囲を調べさせたが、トラップが仕掛けてある様子は無い。何故に戦わずして撤退したのかは不明だが、橋を渡るのを阻止する者が誰もいないのは事実だった。
「なるほど。それで、ここまで後退したんですね」
安堵の表情が、服部の顔に浮かんだ。
「そういう事だ。死に物狂いで抵抗する城址の守備兵を相手にして、これ以上、大事な部下を失うのは願い下げだ。城址が落ちてしまえば、市街地を守る敵の士気も落ちるに違いない。そいつらを蹴散らすことなど容易なことさ」
総帥の如月を始めとして、蒼い水の幹部は概して粗暴な者が多い。だが、添田は例外だった。部下を可愛がり大切にした。先日の脱走騒ぎにしても、第三突撃隊からは一人の脱走者も出ていない。
「さてと、勝利の前祝いといくか」
水筒の栓を抜いた添田は、ゴクゴクと旨そうにラッパ飲みした。
「服部、おまえも飲め」
濡れた唇を手の甲で拭いながら、水筒を突き出す。アルコールの刺激臭が鼻をついた。水筒の中身は水ではなく焼酎だった。
「はっ、頂きます」
服部が嬉しげに手を伸ばした時、凄まじい銃撃音が轟いた。兵士がバタバタと倒れ、悲鳴と怒鳴り声が錯綜する。
「な、何事だ!?」
「て、敵の…」
服部の声が途中で止まった。腹から、ボタボタと血が流れ落ちている。
「ぐうう~」
呻き声を漏らしながら、服部は前のめりに倒れた。
「敵? 一体、どこから来たと言うのだ!?」
呆然と立ち尽くす添田の額に、ぽっかりと穴が開いた。
「ば、馬鹿な…」
信じられないという表情を浮かべたまま、添田は仰向けに倒れた。手に持ったままの水筒から焼酎がこぼれ出し、頭から流れ出た血がそれに混じって辺りに異臭を漂わせた。
銃撃が終わった時、第三突撃隊のほとんどの兵士は息絶えていた。そして、まだ息をしている者も戦闘能力を喪失していた。
「急げ! グズグズしていると間に合わないぞ!」
死体となった添田の頭の上を、誰かが怒鳴り声を上げながら飛び越えて行った。一八〇センチ近いがっしりした体格の男・・・いや、女だ。“偉丈婦 鳥越”こと鳥越みゆきが、A、D中隊合わせて二百名の兵士を率い、神白城址を目指して突っ走って行く。
その後姿を眺めながら、D中隊中隊長 真宮誠治は苦笑した。
(猪突猛進とは、あいつの為にあるような言葉だな。前しか見ようとしない。ま、それも仕方が無いか。なにしろ、惚れた男を助けに行くんだからな)
「お前達も運が悪かったな。昔から言うだろう? 人の恋路を邪魔する奴は、馬に蹴られて死んじまえ、とな」
散乱する死体に向かって、口には出さずにそう言い捨てた真宮は、右足を引きずりながら城址に向かって駆け出した。
蒼い水第一突撃隊隊長 郷原は、二列縦隊を組んで近づいて来る隊列を、西ノ丸跡の頂上部から呆れ顔で見下ろしていた。
「添田め、戻って来たのか? 今更、どうする積りだ。湖東の第二突撃隊は、とっくに本丸跡に上がっちまったと言うのに…」
北門に到着した隊列は、一旦停止すると三列縦隊の戦闘隊形を取った。そして無言のまま、本丸跡頂上部に至る坂道を駆け登り始めた。
「はて、あいつら、腕章をしていなかったような」
郷原が怪訝な表情を浮かべた時、銃撃戦の音が本丸頂上部から聞えてきた。
「お? 敵の本部に突入したのか!?」
双眼鏡を構えかけた郷原の肩を、通信兵がつついた。
「なんだ?」
「湖東さんです」
通信兵が差し出すハンドセットの受話口から、湖東の怒鳴り声が流れ出た。
「郷原! 何を寝惚けてる! わざと敵を通したのか!?」
「なにを馬鹿な事を…。さっきの部隊は添田の隊ではなかったのか?」
「第三突撃隊ではない! KCDだ! 奴ら、俺の隊のド真中を堂々と駆け抜けて資料館に入って行きやがった。そもそも、おまえが…。おい、郷原、聞いてるのか?」
ハンドセットから流れ出る湖東の怒鳴り声を聞きながら、郷原はキツネに騙されたような表情を浮かべていた。
「敵? ついさっき、俺の目の前を通り過ぎて行った奴らが、か?」
神白城址本丸跡に建つ資料館一階は、血と硝煙の匂いで充満していた。資料館に立て篭もっていた兵士とA,D両中隊を併せても、まともに戦える兵士の数は二百名を下回っている。
(何とか間に合ったと言うべきか、一歩遅かったと言うべきか…。A中隊と合流するのに手間取ったのが響いたな)
暗い表情で屋内を見渡す真宮に、鳥越みゆきが大股で近づいて来た。
「かなりやられたわね。でも、敵のど真ん中を掻き分けて来たんだから、これでも損害の少ない方よ」
小柄な真宮を見下ろして、みゆきは陽気に笑った。硝煙と汗で真っ黒になった顔に歯だけが白い。右腕を血の滲んだ三角巾で吊っている。
「やられたのか?」
とは口に出さずに、真宮は気の弱い者なら怯えを感じるほどの鋭い目付きで、三角巾とみゆきの顔を交互に睨みつけた。
「大したこと無いわ。ちょっとかすっただけ。びりっけつでノタノタ走って来る誰かさんを援護してる時にね」
みゆきは、皮肉タップリの口調で答えた。
「済まなかったな。走るのは苦手でね」
と、“口に出して”謝意の言葉を述べた真宮を、みゆきは意外そうな顔で見つめた。
「あら、喋れるんですね? 初めて聞きましたよ。間宮少尉の声」
「随分とあけすけな物言いをする奴だ」
と言う代わりに真宮が苦笑した時、遠村が駆け寄って来た。
「これからの方針を練らなければなりません。あちらへどうぞ。倉沢少尉が待っておられます」
展望室へ続く階段を指差す。
「えっ!? 寛治さん、いえ、倉沢少尉が? ちょっと待ってて…い、いえ、先に行ってて。すぐ、行くから」
そう言うとみゆきは、建物の奥へ慌てて駆け込んで行った。
「お待たせ!」
数分後、扉を蹴破るような勢いで展望室に入って来たみゆきを、真宮と遠村は唖然とした表情を浮かべて見つめた。
みゆきの顔から、硝煙と汗の汚れが綺麗に消えていたからだ。いや、それだけではない。なんと薄化粧までしている。日頃、化粧などロクにしない上に利き腕である右手が使えないので、ファンデーションは塗りムラが目立つし、ルージュも少しはみ出してはいたが…。
「なによ、二人ともジロジロと…。私の顔、なんか変?」
はにかみながらヘルメットを脱いで、頭を左右に振った。化粧した時にブラシもかけたのだろう。やや茶色がかったショートヘアが艶やかに光っている。
陽気そのもののみゆきだったが、床に置かれた担架の上にうつ伏せになっている人物が倉沢だと気づいた途端、その表情は強張ったものに一変した。
倉沢の顔色は紙のように白く、唇は紫色になっていた。背中に巻かれた包帯が血で真っ赤に染まっている。
「鳥越か。…相変わらず…威勢が…良いな」
弱々しい笑いを浮かべた倉沢は、切れ切れに呟いた。
「…倉沢少尉。…倉沢さん。…寛治さん」
倉沢の傍に駆け寄ったみゆきは、崩れる様に床に膝をついた。
「大丈夫!? 大丈夫!? 大丈夫!? 寛治さん!」
倉沢の頭を抱え込み、大声で喚く。
「く、苦しい。俺を締め殺す気か?」
「あ、ごめんなさい。私ったら…。でも、大丈夫? 大丈夫なの!?」
慌てて手を離したみゆきは、途方に暮れた表情で倉沢の顔を覗き込んだ。
「大丈夫、急所は外れてます」
そう言った遠村の顔を、みゆきはギロリと睨みつけた。
「本当に大丈夫? ちゃんと手当てしたの? 抗生物質は投与したの?」
「は、はい。傷口は縫合しました。抗生物質も一応…」
遠村は、心の中で二、三歩後じさりしながら答えた。
「一応? 一応ですって?! それじゃダメよ。ありったけの薬を投与しなくちゃ。…それに、遠村さん。アンタは無傷なのに、どうして寛治さんは重傷を負ってるの? アンタ、今まで何してたの!?」
みゆきは、天井に反響する程の大声で喚き始めた。
その迫力に圧倒された遠村が本当に二,三歩あとずさった時、乾いた小さな音がして、みゆきの喚き声が不意に止まった。
「いい加減にしろ。…遠村は、精一杯やってくれた。だから…」
みゆきの頬に当てた右手を力なく下ろしながら、倉沢が苦しげに呟いた。
「ごめんなさい。でも、でも、私…」
みゆきの大きな目に、特大の涙の粒が浮かび上がった。
「うわあ~んんん」
今度は、号泣が部屋中に響いた。
(駄目だ。これは…)
(落ち着くまで、席を外した方が良いな)
互いに目配せした真宮と遠村は、そっと展望室から抜け出した。
「倉沢は無論だが、鳥越も役に立たない」
廊下に置かれたベンチに腰を下ろした真宮は、沈痛な表情で呟いた。扉越しに、みゆきの泣き声が聞こえて来る。
「偉丈婦の鳥越も形無しですね。あんなに取り乱した姿を見るのは初めてですよ」
隣に腰を下ろした遠村が呆れ声で同意した。
「父親のように慕っていた楠木少尉を失った上に、惚れ抜いている倉沢が負傷したんだ。取り乱すのも無理は無い」
「え! 鳥越が倉沢少尉を?!」
驚きのあまり大声を出した遠村だったが、慌てて声を潜めた。
「・・・知りませんでした」
「まあ、この事は、ごく一部の者しか知らないトップシークレットだ。おまえが知らないのも当然さ」
そう言って悪戯っぽく笑う真宮を、遠村は意外そうな顔で見つめた。
(真宮さんでも笑うことがあるんだ)
みゆきと違って、遠村は何度か真宮と話をしたことがある。だが、笑顔を見たのは今日が初めてだった。これがみゆきなら、「あら、真宮さんでも笑うことがあるのね」と言うだろうが、礼儀正しい遠村は、さすがにそんな不躾なことは言わなかった。
「でも、倉沢少尉は鳥越の事を…」
「初めは逃げ回っていたがな。だが近頃は、もう逃げ疲れたと言う顔をしていたよ。どちらにせよ、年貢の納め時だろう。何しろ、逃げようとしても逃げられん。あの傷じゃな」
扉の向こうは、いつのまにか静かになっていた。みゆきのすすり泣きに混じって、倉沢の低い声が途切れ途切れに聞こえてくる。
「どうやら落ち着いた様だな。もう少し二人だけにして置いてやりたいが、なにせ時間が無い。早急に善後策を講じなければならん」
と言う代わりに遠村の肩を軽く叩いた真宮は、ゆっくりとベンチから立ち上がった。
以下次号