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蒼い水 作 FKRG
第3章 監禁8
「だが、今は内輪揉めなどしている場合ではない。C中隊の情報通りにバンディッツの大攻勢があるとすれば…。そして、倉沢の…いや安城の危惧通りに、KCDに敵の内通者がいるとすれば…。KCDは…いや、神白はどうなるのだ? この危機を回避するためには、新たに参謀に就任する真宮に頑張って貰わねば…」
懊悩する楠木が視線を広場に戻したとき、それまで活発に走り回っていたゴリアテが不意に停止した。
「さて、ゴリアテの性能をざっと説明しよう」
小森が、見学者達に向かって厳かな声で言った。それまでコントローラー上で点灯していた青いランプは消え、代わりに黄色いランプが点灯している。
「青色のボタンを押すと、ゴリアテは待機状態になる。加速減速、前進後退、左折右折の操作はこの二本のジョイスティックを使う。そして、緑色のランプは操作有効範囲内にゴリアテが居ることを、黄色いランプは有効範囲ギリギリ、赤いランプは操作圏外であることを表示する。まあ、ちょっとばかり操作有効範囲が狭いが、手持ちの部品ではこれが精一杯なんでな。で、これが…」
言いながら、プラスティック製の保護カバーを被せた赤色のボタンに指を近づける。
「起爆スイッチだ。これを押すと…」
カバーを起こし、ボタンに指を乗せる。
「おいおいおい」
「ちょ、ちょっと待てよ!」
小森と西脇以外の全員が、慌てて首を引っ込めた。
“ぽん”
気の抜けた破裂音がして、ゴリアテの上部から青白い煙が吹き出した。殆ど風が無いため、煙は真っ直ぐに空高く伸び上がって行く。
「なんとも、可愛いらしい爆弾だな」
楠木が呆れ声を出した。
「今のは余興さ。何せ、ゴリアテは四台しかないからな。幾らお披露目とは言え、本当に爆発させる訳にはいかない」
悪戯っぽく笑った小森は、ゴリアテを広場の片隅に有る盛土の蔭に廻り込ませた。
「本当の爆発力をお見せしよう。あそこを見てくれ」
わざとらしく咳払いした西脇が、広場の北側を指差した。数台の廃棄車両と十数体のマネキン人形が、円陣を組んで置かれている。
「あの円陣の真中に、ゴリアテに搭載するのと同じ爆薬が置いてある。今度は本当に爆発させるからな。伏せてくれ」
そう言って塹壕の底にしゃがみ込んだ西脇は、足元に置いてあったもう一台のコントローラーに指を這わせた。
「三,二,一、爆破!」
轟音と共に、塹壕の縁に生えた草を爆風が揺らした。頭の上に小石や土が落ちてくる。
辺りが静まり返り落下物も降り止むと、西脇は首から上を塹壕から覗かせた。満足そうな吐息を漏らしてから、うずくまったままの見学者達に声をかける。
「さあ、近づいて見てやってくれ」
西脇に促されて塹壕から這い出た男たちは、爆発の中心点に向かってゾロゾロと歩き出した。
「こいつは凄い」
倉沢が感嘆の声を漏らした。爆発の中心点付近は、最大深さ一メートル、直径数メートルのすり鉢状に抉られていた。だが、倉沢が注目したのは、廃棄車両やマネキン人形の状態だった。
ウィンドーガラスは粉々に吹き飛び、車体は蜂の巣のように穴だらけになっていた。マネキンは全て地面に倒れており、原型を留めぬまでにボロボロになっている。
「こいつは…。パチンコ玉か?」
地面に転がった銀色の玉を摘み上げた楠木が、唸り声を漏らした。
「爆薬の原材料は、JAの倉庫にあった化学肥料…つまり硝酸アンモニウム。それに軽油だ。アンフォ爆薬と言う奴だな。しかし、手作りの悲しさで爆発力はそう大したものじゃない。それをカバーする為に、大量のパチンコ玉で爆薬を包み込んだのさ。パチンコ玉は街外れのパチンコ屋跡に腐るほどあった。ま、ちょっとした対人爆弾だな」
西脇が、したり顔で解説する。
「ゴリアテは四台しかないが、こいつはタップリある」
小森が、缶を高く掲げた。暗緑色に塗ったその円筒形の金属缶は、塗料を入れる四リッター缶そっくりだった。側面に、赤く塗った十センチ四方の金属板が取り付けられている。
「これを、ここに置いて」
穴だらけになった車両のボンネットの上に缶を置き、缶と金属板の間に差し込んであった細いピンを引き抜く。
「コイツは安全ピンだ。…さあ、もう一度塹壕に戻ろう。ところで、北川によこすように頼んでおいたB中隊…いや、KCD随一の狙撃手である牧田上級兵は、来てるんだろうな?」
「ここです」
灰色のサングラスを掛けた男が、片手を上げた。
「オマエが牧田か。出番だ。頼むぜ」
「…はい」
むっつりした声で答えた牧田は、塹壕に戻ると暗緑色に塗ったジュラルミンケースから一メートル二十センチ近い長さの銃を取り出した。08式狙撃銃…旧ソ連軍のセミオート式狙撃銃ドラグノフのフルコピー品だ。無骨この上ないデザインながら、抜群の命中精度と耐久性を誇っている。
「いつも、そんなケースに入れて持ち歩いてるのか?」
つや消しのダークグレーに塗られた狙撃銃をまじまじと見つめながら、小森が尋ねた。
「まさか…。戦闘行動に入ったら剥き出しか、いいとこナイロンの袋ですよ」
サングラスを外した牧田が、微笑みながら答えた。笑うと案外、人懐こそうな顔になる。
「調整の為に一発打ちたいんですが…」
スコープを覗き込みながら小森に尋ねる。
「ああ、良いよ」
「それじゃ」
牧田は、銃を構えて立ち上がった。
丸缶を置いた車両から二十メートルほど離れた所に、ボロボロになったジープが置かれていた。距離はおよそ二百メートル。
そのジープに銃口を向けた牧田は、ゆっくりと息を吸い、そして静かに吐き出した。
吐き切った所で、引き金を静かに引く。
乾いた銃声と共に、ジープのバックミラーが根元から吹き飛んだ。
感嘆のどよめきと口笛が、ひとしきり塹壕の中に渦巻く。
「良いですよ。で、何処を狙うんですか?」
「あの赤く塗った板だ。言うまでも無いことだが、破片が飛んでくる可能性があるからな、注意してくれよ」
「了解」
頷いた牧田は、肩から上だけを塹壕から露出させた態勢で銃を構え直した。
「撃ちます」
言ってから二,三秒の間を置いて引き金を引く。爆発音と煙が収まった時、丸缶を載せていた車両は原型をとどめていなかった。
男達の間から、低いざわめきが起きた。
「小型軽量、持ち運び簡単、技術部スペシャル四リットル爆弾。今、牧田上級兵がやってくれたように、起爆プレートに銃弾を撃ち込んで爆発させることも出来るし、操作有効距離五百メートルの無線起爆装置を付ける事も出来る。限定五十発。今なら無料だ。但し、ゴリアテは格段に手間と材料が掛かってるから無料とはいかない。一台につきタバコ二十袋だな」
予想以上の爆発力に呆然とする見学者たちに向かって、小森は得意げに鼻をヒクつかせた。
「貰った」
倉沢が、真っ先に声を上げた。
「四リットル爆弾を四十発。俺の隊とC中隊用だ」
「では、私は残った四リットル爆弾を貰おう」
楠木が後に続く。
「毎度あり。…ところで、ゴリアテを欲しい者は一人もいないのか? 真宮少尉、アンタは?」
「…」
真宮は、無言のまま胡散臭げに手を振った。
「操作有効範囲が狭すぎるし、操作性が今ひとつだ。タダでも要らない。それが真宮の言い分だ」
真宮に代わって、倉沢が答えた。
「相変わらずキツイな~。で、倉沢さん、アンタは?」
「俺の理由は簡単だ。俺はタバコを吸わない。だから一袋も持ってない。つまりゴリアテが欲しくても、代金を払う事が出来ない訳だ。極めて残念だがね」
「そ、そんな~」
肩を落とす小森に、楠木が笑いながら声をかけた。
「私も一台欲しいのだが、タバコ二十袋は、ちと高すぎるな。十年物の焼酎一本にタバコを四袋。それでゴリアテを私と倉沢少尉に一台ずつ。どうだ?」
「え~い、クソ! もってけ、泥棒!」
小森は、香具師のような口調で叫んだ。
「ちぇ、あんだけ苦労して作ったのに、焼酎一本とタバコ四袋かい? 小森の野郎、商売人には向かんな」
ブツブツと不満の呟きを漏らす西脇に、牧田が近寄ってきた。
「西脇少尉、これを」
タバコの袋を二つ、そっと差し出す。
「これは?」
「配給のタバコの残りです。俺は余り吸わないんでね」
「これは、これは…。すまんなあ」
遠慮する素振りも見せずにタバコを受け取った西脇は、いそいそとポケットに仕舞い込んだ。
「その代わり、と言っては何ですが。あの四リットル爆弾を幾つか作ってくれませんか?」
「ああ、おやすい御用だ。で、いつまでに?」
「今日、日暮れまでに」
「日暮れまでに? 一体、何に使う気だ?」
「バンディッツを迎え撃つ為です。C中隊からの情報、聞いたでしょう?」
「ああ。しかし、あれはガセネタだと言う話だが」
「俺はそうは思いません。ここ何ヵ月間、バンディッツの襲撃は無かった。俺達はすっかり油断していた。その結果がF中隊の全滅と安城少尉の行方不明だ。だから、俺は準備をしておきたいんですよ。自分でやれる範囲で、ね」
「ふむ」
西脇はしばらくの間考え込んでいたが、やがて顔を上げるとニヤリと笑った。
「判った、作ろう。だが、時間が余り無いから五、六発しか作れないし、無線起爆装置も無いぞ」
「それで充分です。起爆装置も不要です。これで起爆しますから」
牧田は、足元に置いていたジュラルミンケースを見下ろしてニヤリと笑った。
開け放した窓から心地良い風が吹き込んで来る。忠誠を誓う者たちから“あの人”と呼ばれる男は、イスに腰を下ろしてボンヤリとタバコをふかしていた。
天井に向けて小さな煙の輪を吐き出す。その輪は、徐々に形を崩しながら薄くなり、やがて消えていく。その消えゆく様を眺めながら、男は低く呟いた。
「組織などという物は、この煙の輪と一緒だ。形を成した途端に崩壊を始め、やがて消えて無くなる。それを防ぐには、煙が拡散せぬように繋ぎ止める力…強力な指導力を持つ者が必要だ。だが、それは、少なくとも政治家などではない」
短くなったタバコを灰皿に押し付けて消すと、男はイスの背もたれを倒して目をつむった。
戦争を遂行する為の軍事行動の立案と実行は、当然ながら軍人が担う。しかし、戦争の継続または終結に関する最終決定権は、日本においては“指導者”と呼ばれる一握りの人々…政治家に委ねられていた。
WW3初期、防衛軍は敵対する陣営…中国、東南アジア連合軍…による日本本土侵攻作戦の阻止に成功した。だがこの時点で、指導者たちは重大な誤りを犯した。勝利に奢った彼らは、主戦派軍人の口車に乗って無謀な大攻勢…海外派兵に踏み切ったのだ。
しかし、日本、統一朝鮮、オーストラリア枢軸軍による大攻勢は失敗した。一年半に及んだ海外派兵は、夥しい数の兵士の骸を中国の広野に、東南アジアのジャングルに、或いは西太平洋の海原に晒しただけで終わった。
侵攻と占領を諦めた両陣営は、敵対陣営の領土への無差別攻撃を開始した。戦略爆撃機と高性能弾道弾による空爆により、数百万、数千万人の非戦闘員が地獄の劫火の中で息絶えていった。後方兵站、つまり一般市民さえも攻撃目標とするのが近代戦の習いとは言え、勝っても負けても何も残らない不毛な戦争を続ける事に何の意味があるのか?
だが、和平を口にする指導者は誰一人としていなかった。そんな事を口にすれば革命が起きる。戦争犯罪人として断罪される。いや、その前にクーデターが起き、主戦派軍人によって抹殺される恐れもあった。
WW3末期の指導者たちは、自分達自身の保身の為にのみ無益な戦争を続けているに過ぎなかった。彼らの眼には、自国民の生死などは映っていなかったのだ。そしてそれは、世界中のどの国、どの政府においても同じようなものだった。
こうしてWW3は、全ての政府が消滅し、全ての軍隊が事実上存在しなくなるまでズルズルと継続した。
結局のところ、指導者…政治家は、戦争の終結に何ら寄与しなかったのだ。
「神白を統治し守る為には政治家など必要ない。強力な戦闘集団さえあれば事足りる。俺は、それを作り上げる。そして、それから…」
ドアをノックする音が聞こえ、男の思考は中断された。
「入れ」
物憂げな声で男が応えると、男に忠誠を誓う部下の一人が入ってきた。
「そろそろです」
「そうか、いよいよ始まるな」
男は、叡智と狂気を混ぜ合わせた目を、壁に掛かった時計に向けた。時計の短針は三を指していた。
以下次号