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作品自体がつまらないのか、CMが足りないのか・・・。
悩んじゃう、今日この頃です。
蒼い水 作 FKRG
第3章 監禁5
木原中学校の校庭は、混乱と喧騒に包まれていた。
自分の装備を探してそこらをうろつく者、朝っぱらから酒を飲んで赤い顔をしている者、何か言い争いをしている者、言い争いでは済まずに殴り合いをしている者。果ては、木陰で寝ている者まで居る。
彼ら蒼い水の兵士達は、なんとか秩序を取り戻そうとする下級中級指揮官の命令などには耳も貸さず、ひたすら好き勝手な行動を取り続けていた。
校庭の隅に、金属パイプを組み合わせて作られた高さ数メートルのヤグラが建っている。そのヤグラの上に立った渋沢は、苛立たしげな表情を隠そうともせずに、無秩序な光景を見下ろしていた。
「全く、なんてまとまりの無い連中なんだ。小学生の方がまだマシだ」
つい声に出してしまってから、自分の周りにいる数人の男たちがその“まとまりの無い連中”の上級指揮官だという事を思い出した。
「チッ、参謀風情が何を偉そうに…」
第三突撃隊隊長の添田が、聞こえよがしに言った。
だが渋沢は、口をつぐもうとはしなかった。いや、それどころか殊更に声を張り上げて言葉を続けた。
「これは遠足じゃない! 戦争なんだ! 既に予定時間を三十分も過ぎている。これ以上遅れると、神白攻略作戦は始める前に頓挫してしまうことになる。誰がその責任を取るんだ!?」
「なにを! 口先だけの青ビョウタンが!」
第二突撃隊隊長の湖東が、怒鳴り声を上げて詰め寄ってきた。吐く息が酒臭い。
(こいつ、朝から飲んでやがるのか?)
渋沢は、うんざりすると同時に本気で腹が立ってきた。
「じゃあ、さっさとこの醜態を収めてみせろ。酔っ払い野郎が!」
酒で赤らんだ湖東の顔が、怒りでますます赤くなった。
「こ、この野郎」
湖東の手が渋沢の胸倉を掴みかけた時、ギシリとヤグラが揺れた。誰かが登ってこようとしているのだ。
男達の視線が一斉に登り口に向かって注がれる中、ギシギシとヤグラは揺れ続けた。やがて、ゴリラのような体躯をウッドランドパターンの迷彩服に包んだ如月が、村辻香織を伴って姿を現わした。
「おまえら、いつまで俺を待たす気だ?」
右手に愛用のショットガン…レミントンM870Pをぶら下げた如月の声と表情は、不機嫌と怒りの境界線上にあった。
「早く出発しましょうよ。グズグズしてると日が暮れちゃうわよ」
シミ一つない都市型迷彩服を着込んだ香織が、冗談めかした口調で言い添える。
唇のルージュが滴る血のように赤い。日焼けを嫌ってだろう、化粧はいつもより濃い目だ。黒いキャップを目深に被り、サングラスをかけている。
「美女と野獣。…いや、魔女とモンスターだな」
二人を眺めながら、渋沢は低く呟いた。
上がりがけに香織を残した如月は、居並ぶ部下達を押しのけてヤグラの前に出た。仁王立ちになり、ショットガンを持った右腕を水平に伸ばしたまま、ゆっくりと右へ左へと動かす。
全長一メートル、重量三キロを超えるショットガンを、小型拳銃を扱うかのように片手で軽々と操るその姿は、まさにモンスターそのものだ。
銃の動きが止まった。
ヤグラから三十メートルほど離れた所で、数人の男達が殴り合いのケンカをしていた。その傍で、下級指揮官らしき男が案山子のように突っ立っている。部下達の争いを止めるに止められず、なす術も無く呆然としている、という風情だ。
轟音と共に、ショットガンの銃口からオレンジ色の火炎が噴き出した。下級指揮官らしき男の頭が吹っ飛び、血と脳漿が辺りに飛び散る。首から上を失った下級指揮官の体は、崩れるように地面に倒れた。噴き出た血が、白っぽい校庭の土の上に赤い池を作っていく。
町を囲む山々に木霊した発射音が収まる頃には、それまでの喧騒はウソのように静まっていた。校庭中に散らばった兵士達も、ヤグラの上に居並ぶ上級指揮官達も、血の池に横たわる首無しの死体を呆然と見つめている。
「役立たずめ」
吐き捨てるように呟いた如月は、薄煙を上げるショットガンを握り締めたまま、視線を湖東に向けた。
「湖東よ」
「は、はい。総帥」
答えた湖東の顔に、酔いの色は既に無かった。
「戦の前だ。景気付けに酒をあおるのも良かろう。血を鎮める為にケンカするのも悪くは無い。だがな、部下を掌握できない指揮官など必要無い。そうは思わんか?」
「は、はい。総帥」
壊れたレコーダーのように同じ言葉を繰り返す湖東の顔色は、死人のように蒼ざめていた。額に脂汗が浮かび、目は怯えの色に染まっている。
昨日未明、数名の脱走者があった。
脱走自体、さして珍しい事ではない。ゴロツキの寄せ集めである蒼い水においては、下級兵士の脱走など毎度のことなのだ。だが問題は、脱走者の中に準幹部とも言える中級指揮官が一人、混じっていた事だった。偵察用バイクを奪ったその男は、追っ手を振り切って逃走した。
戦いを前にして一隊の長が脱走した事実は、兵の士気を少なからず低めた。その影響が今朝のこの無秩序ぶりの一因である事は否めない。そして、その中級指揮官の直接の上官こそ、第二突撃隊隊長である湖東なのだ。湖東にしてみれば面目丸つぶれであり、酒でも飲まなければ耐えられない、と言うところだろう。
「五分だ」
如月が言った。
「はっ!?」
第一突撃隊隊長の郷原が、訝しげな表情を浮かべた。
「今から五分以内に全員を整列させろ。言っておくが、ショットガンの弾はタップリあるぞ」
三分半後、木原中学校の校庭には、五隊に分かれた兵士が行軍序列に従って整列していた。ヤグラに向かって左から郷原が率いる第一突撃隊四百名、湖東の第二突撃隊四百名、添田の第三突撃隊四百名、如月が直卒する総帥直衛隊四百名、そして一木が率いる後衛部隊三百名、各隊合計千九百名。
北陽地方最大にして最強を誇るバンディッツ集団“蒼い水”の主力部隊だ。全員が青色に染めた布を腕に巻いている。
「総帥に敬礼」
号令と共に、全兵士が如月に向かって敬礼した。
「やれば出来るじゃないか」
如月も、満足そうな笑みを浮かべて答礼する。
(兵を整列させる為に人一人を殺す、か…。効率の悪い事だ)
ヤグラの片隅に立ってその光景を眺めながら、渋沢はうんざりした気分に陥っていた。
「野郎ども!」
獣の咆哮を思わす如月の声が、校庭に響いた。
「神白攻略の準備は整った。先発した東西遊撃隊八百名は、神白市街地近郊に潜んで作戦開始を待っている。これから先は、おまえ達の働き次第だ。指揮官の命令に従い、命を惜しまず戦え。作戦通りに事が進めば、明日には神白の全てが俺達の物になっている。酒も、食い物も、そして女もだ。だが、もし命令に逆らったり、敵に背を向けて逃げようとする奴がいれば」
如月は、右手に持ったショットガンを頭上高く掲げた。
「コイツで頭を吹き飛ばしてやる。わかったな!」
「うおー!」
歓声とも叫びともつかぬ声が、山間の町に響いた。
ジープに向かって足早に歩きながら、渋沢は校庭の片隅に視線を走らせた。生い茂る草むらの中に、総帥自らの手によって頭を吹き飛ばされた哀れな下級指揮官の死体が転がっている。
「出陣の血祭りか。運が悪かったな」
低く呟いた渋沢は、軽く首を振った。頭の中から首無し死体の事を消去し、これからの作戦指導について思惟の重点を移す為だ。
第一突撃隊を先頭にした蒼い水主力部隊は、木原中学校の正門をくぐり、県道41号線を東進し始めている。
ほとんどの兵士は徒歩だ。乏しい燃料を掻き集めたものの、なんとか稼働できる車両はジープ数台と装甲車一両、そして数台のトラックだけだった。トラックには食料と武器弾薬を積めるだけ積み込み、積み切れない物資は兵士が引く荷車に載せている。百年前に遡行したかのような機動性の低さ。北陽地方最大規模を誇るバンディッツ集団である蒼い水にして、この有様なのだ。他のバンディッツ集団に関しては語るまでも無いだろう。
対して、これから襲撃する神白を守るKCDは、地下燃料備蓄庫に蓄えられた豊富な燃料によって自在に車両を運用できる。彼らが得意とする戦術は包囲撃滅戦だ。守備拠点を攻撃してきたバンディッツ集団を、車両による機動力を駆使して側背から包囲攻撃することによって、ことごとく壊滅せしめてきた。
中途半端な兵力で神白を奪取することは出来ない。
その為に、蒼い水はこの作戦に全戦力を投入している。木原町の西方百キロにあった本拠地は既に放棄した。一人の兵も残していない。集結拠点としていたこの木原町も、今日を限りに放棄する。
「蒼い水の存亡を賭けたこの作戦が失敗すれば、“あの人”の野望は潰え、俺達は野垂れ死ぬことに…。いや、そんな事は無い!」
強く頭を振って悲観的な想像を打ち消した渋沢は、腕時計の文字盤に視線を走らせた。
午前八時。あと七時間後に、東西遊撃隊が牽制行動を開始する。
神白市街地の東にあるビジネスホテル跡を守備するKCD D中隊と、市街地の西にある自動車学校跡地を守備するA中隊をそれぞれ包囲することによって、KCDの注意と戦力を分散させることがその目的だ。主力部隊は、それまでに守川町の南に到達していなければならない。
(賽は振られたのだ。あとは、進むのみ)
ジープの後部座席に乗り込んだ渋沢は、運転兵の肩を軽く叩いた。
「出発しろ」
「はっ」
低く鈍いエンジン音が轟き、ジープはゆっくりと動きだした。
以下次号