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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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蒼い水 第2章 待ち伏せ 7 アップします。
 

蒼い水                  作 FKRG

 

第2章 待ち伏せ7

 

「どうした? もっと飲め」

「え、ええ、もう少しだけ…」

ほろ酔い機嫌の鳴海に一升瓶の注ぎ口を向けられて、安城は遠慮がちにコップを持ち上げた。

「若い者は、遠慮なんかするもんじゃない」

コップから溢れるほど酒が注がれた。微かに甘い果実臭が漂うその酒は、山尾が山に自生する木の実で造った酒だ。

「客は久しぶりだ。こいつら相手でも悪くは無いんだが。毎日、同じ顔ぶれだと、いささか飽きるからなあ」

皮肉っぽい口調で言った鳴海は、自分のコップにもなみなみと酒を注いだ。

「鳴海さん、そりゃこっちのセリフですよ」

囲炉裏の向こう側で草加と談笑していた大津が、陽気な声で反論した。山尾と下部は、酔いが廻って眠り込んでいる。

「ん? ふむ、そう言われればそうだな。違いない」

鳴海は、体を揺すって愉快そうに笑った。笑うと目尻に皺ができ、鷹のように鋭い目つきが和らぐ。大津と草加も笑った。安城もつられて笑みを浮かべた。

「う~ん」

背後からの呻き声に、安城は慌てて振り向いた。背中を丸めたさゆりが毛布にくるまって眠っている。寝返りを打ったのだろう。毛布がずれて、細い肩が剥き出しになっていた。

「しょうがないなあ」

 安城は、そっと毛布を被せ直してやった。手が肩に触れた時、さゆりは目を閉じたまま幸せそうな微笑を浮かべた。

「優しい上官を持って幸せだねえ。小川初級兵は」

囲炉裏に向き直った安城に、大津が下手糞なウィンクをして見せた。

「おい、おい、上官じゃなくて、恋人だろう」

 草加も尻馬に乗ってはやし立てる。

「い、いや、風邪でもひかれると困るし…」

安城は酒で赤らんだ顔を更に赤らめさせながら、しどろもどろの言い訳をした。

「俺の娘も、生きていたらその位の年頃になっていた」

鳴海が遠くを見る目つきをした。

家族の全てを戦災で失った鳴海は、WW3終結後、彼を慕う部下達と共に各地を放浪した。当初四十名近くいた部下は、ある者は争いに巻き込まれて死亡し、ある者は別の生き方を求めて離れて行った。残ったのは、鳴海を含めた五人だけだ。

「自分と部下の命を守る為に誰かを殺したこともある。定住者集団に請われてバンディッツと戦った事もある。だが、もう争い事は沢山だ。今は、こうして山の中で猟師の真似事さ」

物憂げにそう言った鳴海は、囲炉裏にかざした干し肉を千切り、口に放り込んだ。

「時々、神白の街に行く。この山で獲れた物を、米や衣料品と交換する為にな。鹿や猪、それに山菜。君達の食卓に並んだ事もあるだろう?」

大津が、チビチビと酒を舐めながら言った。

「ええ、そう言われれば…」

安城は、部屋の隅に積まれた米袋をちらりと見た。“JA神白”と袋の表面に書かれている。

一年前、神白の全住民を神白市街地に移住させた島崎は、それ以降、神白市民として登録された者以外の人間が神白市街地に出入りする事を禁じた。だが、外部との接触を全く断った訳ではない。

KCDの監視下という条件の元ではあるが、市街地外縁での物々交換の市を開くことを許可している。鳴海たちも、その市を利用しているのだろう。

「山の中に引き篭もっている俺達が言うのもおこがましいが、あんた達は立派だよ。バンディッツから街を守りながら田畑を耕し、家畜を飼い。懸命に生きている。頭が下がるよ」

自分のコップに酒を注ぎながら、草加が言った。

「市長の島崎さんと副司令官の川村中尉が、巧く指導してくれますから。そのお蔭でなんとか…」

安城は微笑みながら、コップに口をつけた。旨い酒だ。配給される怪しげな焼酎よりはるかに旨い。

「川村か…。良くある名前だから気に留めなかったが…。ひょっとして、ここら辺に傷が有るんじゃないか?」

鳴海が、人差し指で右眉をなぞって見せた。

「ええ、そうです。傷跡は薄くなっていますが、確かに…。戦争中、負傷したとか聞きましたが。ご存知ですか? 川村中尉を」

「さっきも言ったように、俺は内務監察部に居た。もっとも、総司令部では無く地方軍だったから直に会った事は無い。だが、彼に関する資料を見た覚えはある。あれは…」

鳴海の目が急に険しくなった。手にしていたコップを床に置く。

「陸上防衛軍総司令部参謀 川村翔中佐」

安城は、怪訝な顔で鳴海を見た。

「中佐? 防衛軍時代の川村さんの階級は中尉ですよ。あれほど優秀な人が中尉だなんて、不思議に思って聞いた事があったんですけど。“人付き合いが悪くて出世できなかった”と、苦笑いしてましたよ」

「…」

鳴海は黙ったままタバコを咥えた。囲炉裏で燃える小枝を取り上げ火をつける。

「吸うか?」

タバコを袋ごと安城に差し出す。

「ええ、頂きます」

一本抜き取り、鳴海を真似て小枝で火を付ける。酒と同じく手作りのタバコだが、これまた桜が作っていたタバコより数段旨かった。

鳴海はタバコが半分灰になるまで沈黙していたが、やがて意を決したように口を開いた。

「中佐さ、確かに中佐だった。いずれは将官にさえ成れただろう。あの事件さえなければ」

「あの事件? 何ですか、それは?」

安城が訝しげな視線を鳴海に向けた時、囲炉裏にくべられた枝がパチリと小さな音を立ててはぜた。

               *

日暮れ前後の喧騒は嘘のように収まり、夜の静けさが木原中学校の敷地を支配していた。時折、酔いのあまりに頓狂な声を上げる者もいたが、兵士のほとんどはテントの中で寝静まっている。

最終作戦会議は終わっていた。今,部屋に残っているのは如月と渋沢、そして香織の三人だけだ。

「渋沢、ご苦労だったな。なかなか見事な作戦説明だった。兵達の士気も大いに揚がるだろう。“馬を走らせるには、目の前にニンジンをぶら下げるのが一番”と、昔から言うからな」

満足げに笑った如月は、香織に向かって顎をしゃくった。

「香織、例の物を」

「はい、はい」

心得顔で立ち上がった香織は、壁際の戸棚に近づいた。一番上の棚から何かを取り出そうと爪先立ちになったが、それでも足りずに、手と体を極限まで伸ばす。上着は着ておらず、黄色いノースリーブのTシャツと細身のスラックスという出で立ちなので、挑発的なボディラインがくっきりと浮き上がって見える。

「どうだ、良い体をしてるだろう。香織は」

品性下劣という四文字熟語をそのまま具象化したような下卑た笑いを浮かべた如月が、渋沢にささやきかけた。

「はあ、まあ…」

曖昧な返事をした渋沢だったが、その視線は香織ではなく、部屋の片隅に置かれたホワイトボードに注がれていた。

先ほどの最終作戦会議で使ったそのボードには、神白市の略図が描かれたままになっている。KCD各中隊と蒼い水各部隊の現在位置の他に、神白攻略作戦の詳細も書き込まれていた。

大村が率いる東部遊撃隊…元々の兵力に先遣部隊の半数百名を加えた合計四百名…の現在位置は、春高山北麓から更に数キロ北の森の中だ。そこに明後日…つまり五月七日の昼まで宿営した後、二隊に分かれて進発する。

一隊は、神子川河口の風力発電所を襲撃する。そして、もう一隊は長距離弾道弾によって消滅した北陽高速道路神白インターチェンジの北方にあるビジネスホテル跡に布陣するKCD D中隊を包囲牽制する。

浅井が率いる西部遊撃隊…これも先遣部隊の半数を加えて四百名…は、神白市街地南西数キロの山中に潜んでいる。そこに、やはり五月七日の昼まで待機し、その後北上して、神白市街地西数キロの自動車学校跡に布陣するKCD A中隊を包囲牽制する。

東西遊撃隊による牽制行動の開始日時は五月七日一五時、KCDの注意が東と西に釘付けになった時、蒼い水主力部隊千九百名が行動を開始する。

まずは、日暮れまでにKCD C中隊が駐留する守川町を攻撃する。守川町を占拠後、直ちに北上して、KCD E中隊が守る神白城址を包囲。つまり、両腕を左右に伸ばしきったKCDの喉元に白刃を突きつける訳だ。

そしてこの時点で、神白市長兼KCD司令官である島崎順一に降伏を勧告する。素直に降伏すれば良し。降伏しない場合は一隊を以って神白城址を包囲したまま、主力部隊の大部分は南鳥井橋を渡って神白市街地に侵攻する。

もし、侵攻する前に橋を破壊されたらどうするのか? 神白の一般市民がKCDと共に抵抗したらどうするのか? 

その心配は無用だ。“あの人”が橋の破壊を阻止し、一般市民とKCDの抵抗を抑えるからだ。

かくて五月八日の遅くとも昼までには神白市街地は蒼い水の支配下に置かれている、という作戦だ。

(だが、その時、蒼い水の頂点に立っているのは如月ではない。“あの人”だ。そうなるように、俺はこの作戦を立てたのだからな)

 渋沢が薄い唇を歪めて微笑んだ時、すぐ耳元で香織の甘ったるい声が聞こえた。

「はい。お待たせ」

慌てて視線を戻すと、テーブルの上にグラスが三個、並べられていた。そして、その横には…。

「えっ!?」

渋沢は、我が目を疑った。封が切ってないスコッチウィスキーのボトルが置かれていたからだ。

「これは…」

「驚いたろう。お前が、スコッチウィスキーに目が無いのは知ってたからな。皆に命じておいたんだ。封が切ってないヤツを探せ、とな。ほら、眺めてばかりいないで飲んでみろよ」

「ありがとうございます。では、遠慮無く」

少し震える指で封を切り、栓を抜く。注ぎ口に鼻を近づけると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐった。

(本物だ。本物のスコッチだ) 

渋沢は、子供のように目を輝かせながらボトルを傾けた。コポコポと小気味良い音を奏でて、琥珀色の液体がグラスを満たす。

ボトルをテーブルに戻そうとした時、物欲しそうな如月の視線に気づいた。

「こ、これは失礼。つい、意地汚くなってしまって…」

慌てて、残り二つのグラスにもウィスキーを注ぐ。

「じゃあ、乾杯しましょう。神白攻略の前祝よ」

目の高さにグラスを掲げた香織が、甘い声でささやいた。

「そして、我らが優秀な参謀 渋沢鼎に敬意を表して」

 如月の太く低い声が、それに続く。

「勝利を祈って」

誰の勝利なのかは言わずに、渋沢はグラスを傾けた。スコッチ特有のクセの有る味が舌を快く刺激し、芳醇な香りが口から鼻に抜けて行く。

粗暴を人間の形にしたような如月だが、人心を収攬する事が妙に巧い。

裏切りは決して許さず、刃向かう者は容赦なく叩き潰す。だがその反面、自分に従う者には驚くほど寛大な態度で接する。功績をあげた者には気前良く褒賞を与え、ミスを犯した者に対しても叱責程度で済ます事が多い。しばしば兵士に混じって酒を酌み交わし、乱痴気騒ぎをする。勿論、怜悧な計算に基づいた上での行動では無い。本能のままにそうしているだけだ。

だが、とにかく部下の受けは良い。特に、蒼い水の古参幹部である郷原、添田、湖東、一木達は、完全に如月に服従している。

「だからこそ俺は、奴らを主力部隊の指揮官に任命するよう、如月に進言したのだ」

 スコッチを舌の上で転がしながら、渋沢は心の中で呟いた。

 如月への忠誠心の証しとして、郷原達は必死になってKCDと戦うに違いない。戦いが終わって神白市庁舎に蒼い水の旗が翻った時、彼らの配下の兵の多くは死傷し疲労しているだろう。

それに対して、浅井、大村、黒畑らが率いる東西遊撃隊は牽制行動をとるだけだ。作戦通りに事が進めば、東西遊撃隊合わせて八百名は、ほとんど無傷のまま残ることになる。

その兵力を使って、束の間の勝利の美酒に酔う如月と生き残った古参幹部たちを抹殺する。

(そして、“あの人”が神白の支配者となる)

うっとりとその情景を思い描く渋沢の耳朶を、野太い声が震わせた。

「旨いか? 渋沢」

「え? ええ。極上です。感謝します。総帥」

 我に帰った渋沢は、如月のグラスが空になっていることに気づいた。

「どうぞ、総帥」

慌てて二杯目を注ぐ。だが、香織は手を振ってグラスを伏せた。セックスほどには酒は好きでないらしい。

「ところで、だ。渋沢」

新たに注がれた酒を一息で飲み干すと、如月は改めて渋沢の顔を見つめた。

「そろそろ内通者・・・いや、協力者だったな。そいつの名前を教えてくれないか?」

渋沢は、眉をひそめた。

「なぜです? 神白攻略が終了するまでは聞かない約束でしたが」

「ああ、約束はしたさ。しかし、いざ戦闘が始まれば何が起こるか判らない。名前が駄目なら特徴でも何でも良い。見分ける手掛かりが無ければ、間違って協力者を殺してしまう怖れが有る。そうは思わないか?」

(ゴリラもゴリラなりに考える事が有るんだな)

渋沢は、意識して微笑を浮かべた。如月の“気配り”に対する感謝の念を表すために、目を潤ませてさえ見せた。

「ありがとうございます。ですが、ご心配には及びません。我々が戦闘行動を起こした時点で、協力者は安全な場所に隠れる手はずになっています。それに、兵士達に協力者の名前や特徴を教える事は却って危険を伴います。敵の捕虜になり尋問された場合、協力者の存在と正体を白状してしまう可能性が有るからです。その点、ご留意下さい」

「ふむ」

如月は低く溜息をつくと、香織に視線を向けた。

「だ、そうだ。香織」

「あら、そう。しょうがないわね」

気にも留めない、という風情で香織は応えた。

(ちっ、この女の入れ知恵か。食えない女狐だ)

内心で舌打ちした渋沢は、済まなそうな表情と口調で礼を述べた。

「御気遣い、感謝します。協力者には総帥の御意向を知らせておきます」

               *

「高西、高西よ」

(ちぇっ、またかよ)

小さく舌打ちした高西は、パソコンのモニタ画面に向けていた視線を声の主の方に移した。背中を丸めて床に座り込んだ福間が、マニュアルを覗き込んだまま手招きしている。 

福間のすぐ横には、暗緑色に塗られた長さ一メートル半、巾五十センチほどの棺桶のような四角い箱が置かれていた。長手方向の前端と後端の両側に一本ずつ、合計四本のタイヤが取り付けられたその箱こそ、KCD技術部製作の新兵器“自走爆弾ゴリアテ”だ。

「なんですか? 福間さん」

「済まんけどな。このパラメーター表、読んで呉れないか。字が小さ過ぎて読めねえんだよ」

煩わしげな表情を隠そうともせずに近づいて来た高西に、持っていたマニュアルを突きつける。

「やれやれ、いい加減、老眼鏡かけりゃ良いのに」

「うるせ~。俺は、まだ若いんだ。まだ…」

「はいはい。十三捨零入すると三十なんでしょ」

「おまえ、このごろ性格が悪くなったぞ。前はもっと素直だったのに…」

「仲間が仲間ですからねえ。“朱に染まれば赤くなる”ってヤツですよ」

「ふんっ! 言っとけ」

大袈裟に顔しかめた福間は、上蓋を外したゴリアテの中に両手を突っ込んだ。

上半分は爆薬を搭載する為のスペースなのだが、調整中の今は空っぽだ。下半分…つまり底部には両掌に載るほどのモーターが二つとギヤボックスと大型バッテリー、そして樹脂製のブロックが幾つか取り付けられている。それらの部品は、蜘蛛の巣のように張り巡らされたケーブルの下に半ば埋もれていた。

「大体、こんな狭いところにゴチャゴチャ部品を入れるのは好きじゃないんだ。メンテに困るだろうが。まったく」

ブツブツ文句を言いながらも、休み無く手を動かし続ける。

やがて、ケーブルの下から二十センチ四方の大きさのブロックが現われた。

「プロコンは、と…」

胸ポケットから電卓のような薄いパネルを取り出し、それを露出したブロックの上面に嵌め込む。ピッという小さな電子音と共にパネルの表示部が赤く輝き、八ケタの英数文字が黒く浮き上がった。

「いいぞ。パラメーター56第二項の設定値を読み上げてくれ」

パネルの表面を指でなぞりながら、高西を促す。

「45A7556Bです」

「ちぇっ! Bかよ…。道理で巧く動かないはずだ。“8”に見えたんだよな~。マニュアルの文字」

「だから、見栄を張らずに老眼鏡を…」

「はい、はい、わかりました。楠木のオヤジさんにでも借りますよ」

むっつりした口調で高西の言葉を遮った福間が、パネル表面のスイッチを矢継ぎ早に押すと、口笛を吹くような甲高い音と共にモーターが勢い良く廻りだした。

「よっしゃ~。高西、一杯やろうぜ」

「な~に言ってんですか。まだ、無線誘導システムとの接続チェックが済んでないでしょ? “明日の午前中には自走テストできるように調整しとく”って、小森さん達に大見得切ったくせに」

陽気な声を上げた福間に、高西は冷ややかな声で水を差した。

「…だったな。あ~あ、明日は午後から風力発電所の点検に行かなくちゃならんというのに…。泣きたくなるね」

「そりゃ俺だって一緒ですよ。明日から二、三日で、本部にあるパソコンと無線機を全部点検しろって命令されてるんだから」

「やだやだ。技術将校じゃなくて中隊長を志願すれば良かった」

福間は、大袈裟に肩をすくめながら溜息をついた。

「百メートル先の的に向かって五十発も撃って一発も当てられない隊長なんて、部下が誰もついてきませんよ」

「なんか言ったか?」

「いや、なにも」

高西は、トボケた表情を浮かべながら窓際に近寄った。

窓から見える夜空には雲一つなく、無数の星が輝いていた。ポケットを探り、タバコの袋を取り出す。死んだ桜少尉から貰ったタバコだ。

「高西よ、こいつは俺の最高傑作だ。でも、福間さんにはやるなよ。あの人はロクに味わいもせずにスパスパ吸うだけだからな。どぶに捨てるようなもんだ」

そう言って、恩着せがましく呉れたタバコだ。一本抜き取り、火をつける。いがらっぽく青臭い香りがした。

「ひどい味だ。何処が最高傑作なんだか。…でも、良い人だったよな。桜さんは」

 呟いた途端、愕然とした。

(だった?! 過去形でしか言えないのか!? 今、生きているKCDの仲間も、そしてこの街に住んでいる人達の事も、明日には過去形で語るのか? いや、そもそも俺にしても、明日には過去形で語られるかもしれない。“高西? 良い奴だったよ。ちょっと皮肉屋だったけどな。”…冗談じゃない! 自走爆弾? こんな物、実際に使いたくない。人殺しなんて真っ平だ。俺は、老いさらばえて死ぬまで、この街で仲間達と酒を酌み交わして憎まれ口を叩き合っていたい)

「おい、高西」

「えっ!?」

いつのまにか、福間が横に立っていた。

「な、何ですか? また、マニュアル読むんですか?」

「おまえ、隠してたな。…タバコだよ。俺にも寄越せ」

「…」

作業場の隅で虫が小さく鳴いた。何と言う名前の虫か、二人とも知らなかった。

 
以下次号

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