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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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蒼い水 第2章 待ち伏せ 5 アップします。

蒼い水                  作 FKRG

 

第2章 待ち伏せ5

 

春高山は一つの山だけをさした呼称ではない。 

神白川上流には、標高五百メートルを超える山が重なり合うように聳えている。その中でもっとも高い頂きを持つ山の名が春高山であるが故に、神白の人々はこれらの山塊を一まとめにして春高山と呼んでいた。

 

太陽が山蔭に隠れ、辺りが薄暗くなってきた。

「駄目だ! こいつは役に立たない!」

苛立たしげに叫んだ安城は、持っていたコンパスを地面に叩きつけた。岩角に当たって跳ね返った円形の小物体が、耳障りな金属音を響かせながら谷底めがけて転がり落ちて行く。

「つ…」

左肩に鈍い痛みが走り、安城は顔をしかめた。

「弘一さん、大丈夫? 傷が痛むの?」

さゆりが、安城の顔を不安そうに覗き込む。

「大丈夫だ。…それより疲れただろう? 少し休もう」

「ええ…」

その場に座り込んだ二人は、行く手を遮る渓谷の底を見下ろした。そして、同時に深い溜息を漏らした。

一夜を過ごした小屋を出発したのは午前十時を廻った頃だった。夜明けと共に出発すべきだったが、一睡もせずに安城の看病と周囲の監視をしていたさゆりを休ませる為に出発を遅らせたのだ。 

林道を伝えば、奥川村ダムまで二,三時間で到達できるはずだった。途中の渓谷に架かる橋さえ落ちていなければ…。

ほとんど垂直に切り立った深い崖を、ロープも無しに下るのは余りに危険過ぎた。渓谷沿いに上流へ…東へ向かった二人は、一時間近くかけて渡渉可能な場所を発見した。

漸く渡った向こう岸には鬱蒼とした森が広がっていた。コンパスを頼りに下草を掻き分け、枝を払いながら数時間も歩いた頃、目の前に再び切り立った渓谷が立ち塞がった。

「あれは…。上流を目指した時に向こう岸に見えていた松では?」 

渓谷の向こうに見覚えのある松の巨木を認めた安城は、慌てて空を見上げた。傾いた太陽が右手方向に見える。

「なぜだ? コンパスでは確かに…」

コンパスを取り出して愕然とした。針が激しく揺れ動いている。コンパスを持った手をぐるりと廻してみると、針はあらぬ方向を指し示した。

以前、誰かに聞いたことを不意に思い出した。「春高山には磁鉄鉱の鉱脈が有る。随所でその鉱床が露出しており、コンパスを狂わす」と…。

何のことは無い。何時間も山中をさまよった挙句に、元の場所に戻っていたのだ。

 

「どこか野宿が出来る所を見つけよう。夜が明けたら、渓谷沿いに下って県道に出るんだ。敵と遭遇する危険はあるが、山の中で野垂れ死ぬ訳にはいかない」

立ち上がった安城は、しゃがみ込んだままのさゆりに右手を伸ばした。

「さゆり、疲れてるだろうが、もう少し頑張ってくれ」

「ええ、弘一さん」

二人が重い足を踏み出しかけたその時、背後に人の気配がした。

「誰だ?!」

振り向きかけた安城を、男の声が制した。

「動くな。こっちには銃がある」

 ガチリと、撃鉄を起こす音が響いた。

「…!」

安城は、さゆりを抱きかかえて右手の草むらに飛び込もうと考えた。が、諦めざるを得なかった。逃げ込もうとした草むらから、銃を構えた別の男が現われたからだ。

躊躇する内に今度は目の前の草が揺れ、白髪混じりの髪を短く刈り込んだ男が銃を構えて立ち上がった。濃紺のジャンパーにカーキ色のパンツ、首にタオルを巻いている。ベテランの猟師と言う出で立ちのその男の目は、鷹のように鋭かった。

そして左側は崖。二人はいつの間にか囲まれていたのだ。

「荷物を下ろせ。両手を頭の後ろで組むんだ」

 背後から再び声が聞こえた。

(こんな所で死ぬのか)

荷物を投げ出した安城は、さゆりの顔を見た。さゆりも安城を見ていた。

「私は死んでも良い。弘一さんと一緒なら…」

 黒目勝ちの大きな目が、そう言っている。

(降伏しても俺は殺される。そして、さゆりは…。ならば、いっそ…)

 唇を噛み締め、谷底に視線を向けた。

「おい、早まるなよ。俺達はバンディッツじゃないし、君達に危害を加える積りも無い」

 安城の心中を見透かしたかのように、白髪混じりの男が口を開いた。

(えっ?)

安城は改めて白髪混じりの男の顔を見た。そして、その表情に敵意が浮かんでいないことに気づいた。

「驚かせて済まなかったな。重ねて言うが、君達に危害を加える気は無い。おっと、手はまだ下ろすな。念の為にボディチェックをさせてもらう」

白髪混じりの男が顎をしゃくると、右手の草むらから出て来た男が安城とさゆりに近づいて来た。二人の銃とナイフを取り上げてから、安城の肩から足先までをチェックし、次いで、さゆりの肩に手を伸ばす。

「きゃっ!」

悲鳴を上げたさゆりが、男の顔を睨みつけた。

「おっと御免よ。お嬢ちゃん、俺にスケベ心は無いよ。だから、セクハラだなんて言わないでくれ」

手早くボディチェックを終えた男は、苦笑しながら肩をすくめた。

「オーケー、武器は持っていない」

軽く頷いた白髪混じりの男が、安城の顔を真っ直ぐ見つめた。鷹のようだった目付きが、僅かだが和らいでいる。

「手を下ろして良いぞ。君達はKCDだろう? 所属と名前、階級は?」

「KCD C中隊中隊長 安城弘一少尉」

緊張で声が少しかすれた。

「そちらのお嬢さんは?」

「お、同じくC中隊中隊長付き護衛兵 小川さゆり初級兵」

さゆりの声はもっとかすれて、震えてさえいた。

「そうか。安城少尉と小川初級兵か…」

ニコリと笑った男は、構えていた銃を肩に掛けた。

「俺は鳴海洋介。陸上防衛軍中佐…だった」

(中佐?!)

安城は、反射的に敬礼した。

「失礼しました。中佐殿」

さゆりも安城に倣い、慌てて敬礼する。

「おいおい。だった、と言ったろう。そう、しゃちほこばらんで呉れ」

苦笑いしながらも鳴海は、元中佐と名乗るに相応しい鮮やかな答礼をして見せた。

「鳴海中佐、ここで一体何を? いや、それより、いつから私達の事を?」

矢継ぎ早に質問しようとする安城を、鳴海は穏やかな声で制した。

「まあ、落ち着け。こんな所では話も出来ない。俺達の棲家に来ると良い。大したもてなしは出来ないが、食い物と寝る場所くらいはある。一日中、山の中を歩き回って腹が空いたろう? まずは腹に何か入れて。話はそれからだ。それに、そちらのお嬢さんは随分疲れてるようだしな」

そう言われて、安城は改めてさゆりの顔を見た。

「さゆり、大丈夫か?」

「大丈夫…」

言葉とは裏腹にその声はか細かった。足元もふらついている。

(朝から歩き続けだ。無理も無いか)

安城は視線を鳴海に戻した。

「では、お言葉に甘えて…。ですが、一つだけお答え下さい。私達がKCDに変装したバンディッツだとは思われないのですか?」

「俺は防衛軍時代、内務監察部に居た。人を観る目は確かなつもりだ。君達の目は濁っていない。バンディッツの奴らとは違う。奴らの目は、飢えた狼のようにギラついて濁っているからな」

そう言うと鳴海は、ついて来いという素振りをして、ゆっくりと歩き始めた。

安城が装備を取り上げようと腰を屈めかけると、先程ボディチェックをした男が素早く手を伸ばし、さっさと自分の肩に担いでしまった。

「肩をケガしてるんだろ? 荷物は俺が持ってやる。あんたは、お嬢さんを支えてやれば良い。ああ、自己紹介がまだだったな。俺は大津っていうんだ。よろしくな」

大津と名乗ったその男は、やや丸みを帯びた顔に人懐こそうな笑顔を浮かべた。大柄で三十代前半ぐらいに見える。

もう一人の男は草加と名乗った。やはり三十代前半くらい。大津とは対照的に小柄で痩せ型の体つきをしている。

「銃とナイフは俺が預かっとく。後で必ず返すから、気を悪くしないで呉れ」

 そう言うと草加は、少年のように邪気の無い笑いを浮かべた。

「はい」

そう答えるしかなかった。彼らを信じるべきだろう。信じないにしても、この状況ではどうしようもない。

鳴海を先頭にして、二,三メートル遅れて安城とさゆりが、その後を大津と草加が続いた。渓谷沿いの道を外れ、深い森の中の急な坂道を登り切ると、三方を緩やかな斜面に囲まれた狭い平地に出た。

平地の真中にはコンクリート造りの細長い建物が一つあり、それを囲むようにしてトタン張りの小屋が三つ建っていた。三つの小屋のうち、一番大きな小屋の煙突から薄く煙が立ち昇っている。

「牛舎だった所だ。今は一頭もいないがね」

鳴海はそう言ってから、口笛を短く二度、吹いた。

「俺だ。帰ったぞ」

鳴海の声に応じて、四十代半ばくらいのでっぷりと太った男が小屋の蔭から出てきた。

「お帰り。おや? その二人は?」

「お客さんだ。二人とも疲れてる。特にお嬢さんの方がな。晩飯の支度は出来てるか?」

「お客さん? そいつは珍しいな。メシはもうすぐ出来る。今日はご馳走だ。猪鍋だぜ」

そう答えてから男は、安城の左肩に視線を止めて眉をひそめた。

「負傷してるな。食事の前に診てやろう」

ボソリと呟くと、さっさと小屋の中に入ってしまった。

「あいつは下部だ。元軍医でな。大酒飲みだが腕は確かだ」

小屋に向かって歩き出しながら、鳴海が小声で言った。

「聞こえたぞ。大酒飲みはあんたの方だろうが」

下部の陽気な怒鳴り声が小屋の中から聞こえた。

「ちぇっ、聞こえたか。耳も良いんだ。特に悪口は良く聞こえる」

「うふ」

さゆりが小さな笑い声を漏らした。

その声を聞いて立ち止まった鳴海は、さゆりの顔をマジマジと見つめ、そしてニコリと笑った。その笑顔を見てさゆりは、死んだ父親を思い出した。笑った目元がそっくりだった。

「お世話になります」

笑顔のまま、さゆりは頭をペコリと下げた。

「ああ、お世話するよ。さあ、小屋に入ろう。山尾が…もう一人の仲間だが、旨いメシを食わせてくれる」

 

鳴海の言った通り、食事は旨かった。山尾は三十代後半くらいの人の良さそうな小太りの男で、徴兵される前は料理人だったという。

「ここは山菜が幾らでも採れるし、川魚や猪、鹿だって獲れる。調味料が不足気味なのが、ちょっと辛いけどね」

そう言いながら山尾は、縁の欠けた丼に猪汁をよそって、安城とさゆりに勧めた。

「こんなに沢山!? とても食べ切れません」

山盛りの丼を渡されたさゆりは、目を丸くした。

「お嬢ちゃん、タップリ食わなきゃ駄目だ」

安城の傷の手当てを済ませた後、食事が出来るのを待ち切れずに酒を飲み始めていた下部が赤ら顔で言った。

「あんたが安城少尉の傷に施した処置は中々のもんだった。ちゃんとした訓練を受ければ、立派な衛生兵に成れる。でも、それはそれとして…。あんた、少し痩せ過ぎだ。もう少し太らなきゃ、丈夫な子供を産めないよ」

「こ、子供?! そ、そんな…」

絶句したさゆりは、顔を真っ赤にして俯いてしまった。

「しょうがないなあ。酔っ払うとすぐ下ネタに走るんだから。さゆりさん、こんなエロ親父の言う事なんか気にしなくて良いよ」

「大津よ、馴れ馴れしく“さゆりさん”なんて呼ぶんじゃないよ。安城少尉が怒るぜ」

したり顔で言う大津を、草加がおどけた口調でなじる。

「え!?」

今度は安城が絶句した。

「照れなくても良いさ」

酒の入ったコップを持ったまま、鳴海が微笑んだ。

「俺達は、あんた達二人が道に迷い始めてからずっと見ていた。もっと早く声を掛けようとも思ったが、下手に姿を見せると撃たれそうだったんでな」

大津が後を続ける。

「でも、良い雰囲気だったよ、あんた達二人は…。上官と部下という関係じゃない。恋人同士だ。誰が見たって、そう思うさ」

草加が更に後を続けた。

「勘違いしないで呉れよ。からかってるんじゃない。俺達は嬉しいのさ。こんな時代に、互いに相手を労わりながら懸命に…」

草加の声は途中で涙声になった。慌てて酒瓶を取り上げ、安城に突き出す。

「飲みなよ、安城少尉。いや安城さん。その…なんだ、二人で、…幸せになってくれ」

「ありがとう」

安城は短く答えてコップを持ち上げた。

「ありがとうございます」

俯いたまま、さゆりも小さく呟いた。

以下次号

 

 

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