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私ことFKRGが書いた小説(らしき物)を掲載しています。あらかじめお断りしておきますが、かなりの長編です。 初訪問の方は、カテゴリー内の”蒼い水、目次、主要登場人物”からお読み下さい。 リンクフリーです。バナーはカテゴリー内のバナー置き場にあります。 フォントの都合上、行間が詰まって読みにくいかもしれません。適当に拡大してお読み下さい。
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蒼い水 第3章 監禁 1 アップします。

ごく少数ながら読んで下さる方が居られるようですが、相変わらずコメントが皆無です(涙)。
無反応ってのは淋しいもんですなあ。
ブログ、閉鎖しちゃおうかな(ぼそっ)。

蒼い水               作 FKRG

 

第3章 監禁1 五月六日午前~

 

WW3以前、神白市域南端に位置する奥川村ダムは、神白川水系における治水の要だった。美しいダム湖とその周辺に湧き出す温泉は、神白市の数少ない観光資源の一つであると同時に豊かな水資源の象徴でもあった。だが、WW3が激しさを増すに従って、ダムはメンテナンスを受けることが出来なくなった。

そして現在、ダムは本来の能力を完全に失っている。

水門は半ば開いたまま固く錆びつき、ダム湖の底には周囲の河川から流れ込む土砂が取り除く事もされぬまま沈殿し続けている。そう遠くない将来、ダム湖は砂と泥に埋まり、周囲から流れ込む水はそのまま巨大な滝となって堰を落下するようになるであろう事は、誰の目にも明らかだった。

戦略的な価値がほとんど無いこのダムに、KCDが常時一個中隊の兵を駐留させている目的は二つある。一つは、“市域最南端の地を守る”という多分に象徴的なもの。そしてもう一つは、湖畔に建つ神白市民保養センターの建物を、市民やKCD兵士の休養の場として供することだった。

現在、保養センターに滞在している者の数は約二百八十名。その内訳は次の通りだ。

ダム守備隊であるG中隊が百三十名。養生の為に滞在している傷病兵が約三十名。その他に、束の間の休日を過ごしにダムに来たものの、バンディッツの出現によって復路の危険性が増大したが故に市街地に戻るに戻れなくなった兵士二十名と一般市民が約百名。

 

G中隊中隊長 秋川孝は、熊を思わせるその巨体を保養センター内にある大浴場の浴槽に沈めていた。

湯気に霞んだ浴室の窓越しに、緑がかったダム湖と若草色に染まった山々が見える。天井から落ちて来る水滴の音以外、何も聞こえない。静かな時間が、ここには流れていた。

首まで湯に浸かった秋川は、微かに硫黄の匂いが漂う無色透明の湯を両の掌でそっと掬い上げた。掬い上げた湯は、留まることなく指の間から漏れ落ちていく。

「何の為に俺は戦って来た? 誰の為に自分の命を銃弾の下に晒して来た? 俺は死にたくない。もう殺し合いは真っ平だ」

 掌をボンヤリと眺めながら低く呟く。

バンディッツの襲撃により重傷を負った秋川がこの保養センターに移ってから、既に三ヶ月近くが過ぎている。温泉に浸かり、ダム湖とその周辺で獲れる魚や獣類や山菜類をたらふく食ったお蔭で傷はすっかり癒え、体力も回復した。だが、心の傷は癒えてはいなかった。

角張った顔に太い眉とギョロリとした眼。見る者に豪放磊落な印象を与える秋川だが、その風貌とは裏腹に小心な面を持ち合わせている。重傷を負って死の淵を覗いた時、その小心さは厭戦感に変わり、そして心を覆い尽くしてしまった。桜のF中隊が全滅して以来、KCD本部は再三再四、神白市街地への帰還を命じてきた。それに対して秋川は、“バンディッツ出現の可能性大につき帰還は不可”の回答を送り、ダムに居座り続けている。

「俺は戻らない。あの人も言ってくれた。“おまえは、もう戦わなくても良い。俺が戻って来いと言うまで、神白の街に戻る必要は無い”と…。そう、俺は戦わなくとも良いんだ。そして、戻る必要もない」

 物憂げな視線を窓の外に向けかけた時、吉野晴美の声が聞こえた。

 

「中隊長! こちらですか?」

吉野晴美上級兵は、浴室と脱衣場を仕切るガラス戸越しに大声を張り上げた。

「なんだ? 何かあったか?」

秋川の不機嫌な声が、湯気で曇ったガラス戸の向こうから返ってきた。

「安城少尉が到着されました。ロビーで待っておられます」

「なに、安城が? 本当か?!」

盛大な水音が聞こえた。地響きのような足音がこちらに近づいて来る。

「安城だけか?」

「小川さゆり初級兵も一緒です」

答えながら、晴美は脱衣場から廊下へ通じるドアの方にあとじさった。ガラス戸が開くと同時に廊下に飛び出し、後ろ手にドアを閉じる。

「二人共、疲れている様子です。少し休んではどうかと言ったんですが。“一刻も早く、中隊長に会いたい”という事で」

「わ、わかった。すぐ行く」

ドアの向こうから、ドタバタと床を踏み鳴らす音が聞こえた。濡れた体をロクに拭こうともせずに服を着ようとして、悪戦苦闘しているのだろう。

「では、そう伝えておきます。ああ、それから…。ちゃんと体を拭かなければ駄目ですよ。風邪ひいても知らないから」

上官である秋川に対して、まるで母親か姉のような口調で注意した晴美は、クルリと踵を返すとロビーに向かって歩き出した。

吉野晴美は二十四歳、色白でふくよかな容貌と溢れるほどの母性愛と無類の面倒見の良さの持ち主だ。G中隊のムードメーカーであると同時に、“オフクロさん”としてG中隊の頂点に“君臨”している。彼女が笑うと誰もが朗らかな気持ちになり、彼女が不機嫌な顔をすると誰もが悄然となった。

純軍事的な事を除いて、晴美の意見に逆らう者などG中隊には存在しない。中隊長である秋川でさえ例外ではなかった。いや、例外で無いどころか、秋川が一番、彼女に対して頭が上がらなかった。

なぜなら、彼にとって晴美は母親であり姉のような存在であり、そして更には“自分の生涯の伴侶になって欲しい”と、ひそかに望んでいる女だからだ。

だが、そんな思いを知ってか知らずか、晴美が秋川に接する態度は、甘えん坊の弟の面倒を見る年下の姉(?)の領域を越える物では無かった。

 

保養センター玄関脇のロビーの片隅に、くたびれたソファと古ぼけたテーブルが置かれている。窓越しにダム湖が見えるそのソファに、安城とさゆりは肩を並べて寄り添うようにして座っていた。

安城が、熱心に何か喋っている。その横顔を、さゆりは微笑みながら見つめていた。

時折、安城は話を中断した。そしてさゆりの方に顔を向けると、不安気な表情で二言三言問いかける。そのたびにさゆりは、こぼれるような笑顔を浮かべて軽く頭を振ってみせた。

「俺の話、面白くない?」

「ううん、とっても面白いわ。もっと聞かせて」

 おそらく、そんなやり取りをしているのだろう。

「う~ん、良い雰囲気ねぇ。さゆりったら、本当に嬉しそう。協力した甲斐があったってものだわ」

二人の様子をロビーの柱の蔭から窺いながら、晴美は満足そうに頷いた。安城が知る由もないことだが、彼女は二人のキューピッドだった。

KCDの基礎訓練が終わる頃、さゆりは安城のC中隊へ、市木亜衣は桜のF中隊へ配属される事を望み、晴美に相談した。

彼女達の思いを汲んだ晴美は、持ち前の“面倒見の良さ“を最大限に発揮した。彼女達が中隊長付き護衛兵として配属されるようKCDの人事担当者に直談判し、それに成功したのだ。

「賄賂を贈ったとか、色仕掛けで迫った訳じゃないわよ。彼は以前、G中隊にいたの。その時、女性関係で問題を起こしてねえ。二人の女と同時に付き合って…つまり二股を掛けてたんだけど、それが両方の女にバレちゃったのよ。修羅場になる直前に私が間に立って、とりなしてやったの。ま、貸した恩を返して貰った訳よ」

 どうやって配属を実現させたかを質問したさゆりに、晴美は微笑みながら説明したものだ。

「とは言え、ちょっとばかりヤケちゃうな」

 仲睦まじく寄り添う二人を見る晴美の目に、いたずらっぽい光が躍った。彼女には、ささやかな悪癖(?)がある。“イタズラを仕掛けて、人が驚くのを見るのが大好き”という、いささか子供じみた癖だ。

いたずらっ子そのものの表情を浮かべた晴美は、足音を忍ばせて二人の背後に近づいた。充分に近づいたところで、わざと大きな咳払いをする。

「こほんっ!」

見事に不意打ちを食らった安城とさゆりは、ソファの上で跳び上がった。寄り添っていた肩を慌てて離し、唖然と呆然が入り混じった顔を晴美に向ける。

晴美は、安城に向かって恭しく敬礼した。

「熊さん・・・いえ、秋川少尉はまもなく来ます。もう少しお待ちください」

「あ、ああ」

「それでは、失礼します」

敬礼の手を下ろした晴美は、さゆりに向かって軽くウィンクをすると、さっさと建物の奥へと消えてしまった。

 

「ごめんなさいね。吉野さんは、あの通りイタズラっぽい人だけど。でも、とっても良い人なのよ。面倒見の良い、しっかり者のお姉さん。いえ、お母さんみたいな人。私と亜衣が守川町から神白の街に移った時に知り合って、それ以来、色々と相談相手になって貰ってたの」

唖然とした表情を浮かべたままの安城に、さゆりは苦笑しながら謝った。勿論、人事担当者への働きかけを晴美に頼んだ事までは言わない。

「うん、まあ。そういう感じだな」

つられて安城が苦笑した時、秋川がロビーに姿を現わした。背後に、二人の兵士を従えている。

「安城、無事だったのか? 心配してたんだぞ!」

ロビーに響き渡る大声で言ってから、向かいのソファに勢い良く腰を下ろす。二人の兵士は、感情を表に出さぬ顔でその後に立った。

「この二日間、どうしてたんだ? 本部は大騒ぎだぞ」

「…」

 無言のまま、安城は秋川の顔を見つめた。頬はピンク色に染まり、生乾きの頭髪からうっすらと湯気が立ち昇っている。

(こいつ、風呂に入ってたのか?)

急に怒りが湧き上がって来た。口調がきつくなる。

「心配していた、だと? 朝風呂に入っていて心配もないもんだ。 桜とF中隊の兵士は皆殺しにされた。俺の部下も大勢死んだ。俺と小川は春高山で道に迷い、さまよっていた。その間、おまえはのんびり温泉につかっていたのか?」

「い、いや、そんな事は無い。桜が襲われた時も、おまえが襲われた時も、出動を考えたさ。だが、ここにもバンディッツが現われる可能性がある。それを考慮すると…」

安城の剣幕に気圧された秋川は、しどろもどろの口調で言い訳を始めた。

「バンディッツの襲撃? それを理由に本部からの帰還命令に従わなかった、と言いたいのか?」

「そ、そうだ」

 短く答えた秋川は、そのまま俯いてしまった。

「バンディッツの襲撃に備えるのなら、なぜ歩哨をもっと立てない? なぜ付近をパトロールしない? パトロール隊になど一度も出会わなかった。歩哨は二,三人見かけたが、ボンヤリ突っ立ていただけだ。緊張感なんぞカケラも無かったぞ!」

「…」

「秋川! 何とか言えよ。臆病風に吹かれたのか?」

「俺は、もう戦いたくない」

 顔を伏せたまま、秋川はボソリと呟いた。

「なんだと? もう一度言ってみろ。秋川」

「ああ、何度でも言ってやるさ」

秋川は、ゆっくりと顔を上げた。

「戦いたくない、と言った。俺は、もう殺し合いなどしたくない」

そう言い放った秋川の声と表情は、開き直ったものになっていた。

「正気か? おまえ、正気でそんな事を言うのか?」

安城は、秋川の顔をまじまじと見つめながら低く問うた。

「正気か、だと? 正気さ。俺は正気だ。正気じゃないのは…狂っているのは、おまえ達の方だ」

決めつけるように言い、安城を睨みつける。

「安城、おまえは誰の為に、何の為に殺し合いをしてるんだ? 桜は誰の為に、何を守る為に死んだ? 自分が生まれた所でも育った所でもない神白を守る為か? 肉親でも親類でもない、血の繋がりの全く無い赤の他人を守る為か? そして死んで…。いや、殺されて…。ろくな弔いも受けずに共同墓地に埋められて…。狂ってるのは俺じゃない。狂ってるのはおまえの方だ!」

安城は深い溜息をついた。

「秋川、おまえ、変わったな。負傷する前の、いや、ここに来る前のおまえじゃなくなってる」

「何とでも言え。とにかく、俺は殺し合いをする気は無い。やりたければ、おまえ達だけで勝手にやるが良いさ」

「判った。もう何も言わん」

立ち上がった安城は、ソファに座ったままの秋川を見下ろし、吐き捨てるように言った。

「秋川、おまえの指揮権を剥奪し身柄を拘束する。G中隊は俺の指揮下に置く。その権限を、俺は本部から与えられている」

秋川は、ニヤリと薄笑いを浮かべた。

「拘束されるのはおまえの方だ。安城」

微かな金属音が聞えた。同時に二つ。

安城は慌てて顔を上げた。秋川の背後に立った二人の兵士が拳銃を構えていた。その銃口は、安城に向けられている。

「いくら道に迷ったとはいえ、襲われた地点からここまで来るのに二昼夜もかかったのは、どう考えてもおかしい。おまえはバンディッツに囚われ、そして命欲しさに寝返ったのではないのか? KCDの機密情報を漏らし、更にはG中隊を引き渡す事を条件にして…」

「なにをバカな事を、俺達は本当に道に迷って…」

 虚を突かれた安城は、返答に窮した。

「本当に道に迷っていたのかもしれん。だが、裏切っていないという証拠も無い。裏切り者の可能性があるおまえに、中隊の指揮権を渡す訳にはいかん。疑いが晴れるまで、大人しくしていてもらおう」

「秋川、きさま…」

二つの銃口と秋川の顔を交互に睨みつけながら、安城は半ばうめくように呟いた。

      
以下次号       

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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